
凍夜
第5章 渇望
「あれ?飲まないの?」
私の視線に気づいた川原がグラスから口を離した。
「あの、今夜はわたくしの不手際で……」
「待って、桜井さん。」
「……?」
「社長自ら足を運ぶんだから、このクラブはしっかりしているんだね。」
川原は、手に持ったグラスを回す仕草をした。
「僕は、以前からこのクラブに興味があったんだ……。ハーフムーンは僕らの業界でも話題に上がることがたまにあってね。今日はきっと何かの縁です、僕は今夜は桜井さんと飲もうかな……?」
川原がグラスを上に挙げて、私に笑いかけた。
「本当にごめんなさい……!」
私はもう一度頭を下げて詫びた。
「さ、もういいでしょう、飲んでください、ね?」
川原はそう言ってグラスを口に運んだ。
「いただきます。」
私もあわててグラスを持ち直し、追っかけるようにして飲んだ。
滑らかな喉ごしだった。
「……んー。」
川原が喉の辺りを手で押さえ、吐息を漏らした。
そして私の方を見ると、爽やかな笑顔で、「モルツだったね。」と、グラスを置いた。
「美味しかった。」
川原が頷きながら両手を組んだ。
そんな川原の姿はビールのCMを見ているような気にさせた。
