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【S】―エス―01

第29章 S‐145

 「ま、古い場所にそういう話はつきもんさ」男はおどけたように両手を横に広げそう言い、肩を竦め去ってゆく。


 噂の真否は定かでないが、あの城に件(くだん)の少年がいるのなら、その噂というのもあながち間違いではないだろう。


 兎も角、街を出て山中の林道へと分け入り、本来の目的地であるシャーデック城へ向かうことにした。


 両の瞳を薄紫色に染め、山肌を蹴り一気に目的の城まで跳躍する。


 木々の海を抜けると足元には深緑の芝が生い茂り、眼前には円柱形の塔が目印のシャーデック城が岩肌の上に堂々聳(そび)え、そして眼下にはネッカー川が流れる。


(そうか、ここは……)


 そう。そこは、第2の事件現場からほど近い場所に位置していた。


 遥か先まで山並みが続くその風景に、刹那は妙な懐かしさ……郷愁のようなものを感じる。


 それは自身の原点でもある、今は焼け落ちて瓦礫しか残していない、あの屋敷の庭先から見た景色。


 ふと視界の右端、丁度城壁のある辺りで、茶色い髪にコートを着た1人の少年の姿を捉える。


 間違いない。教会で、ネッカー川の現場で何度となく視たあの少年だ。
 

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