
【S】―エス―01
第29章 S‐145
――通りで響くクラクションの音に、意識は現実へと引き戻される。
重たい瞼を持ち上げ態勢を変えるとそこに彼女の姿はなく、代わりにメモ用紙だけが残されていた。
素肌の上体を起こし、探るように指先でその痕跡に触れ、そっと手に取る。
ベッドの縁に腰かけ、窓から差し込む斜陽に翳(かざ)しながら、そこに綴(つづ)られている文字に目を通す。
メモには、彼女の筆跡でこう書かれていた。
『ネッカー渓谷、シャーデック城地下。そこにあの少年はいる。
――L・M』
書かれている内容は件(くだん)の少年の居場所を示すもので、そこからは昨夜の面影を微塵も感じさせない淡々とした文面だった。
ただ、右上がりな癖のある筆跡が彼女――リン・メイを物語り、昨夜の事実を再確認させた。
苦笑混じりに左手でくしゃりと頭を抱えた後、おもむろに掛時計を見る。時刻はすでに午前8時50分を回っていた。
――翌日、4月1日。ミュンヘン中央駅からメモに記された『ネッカー渓谷』、『シャーデック城』を目指す。
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