
青い桜は何を願う
第7章 哀情連鎖
『…………』
リーシェが動悸の余韻に震えていると、扉を叩く音がした。
訪ねてきたのは、ロイヤルミルクティー色の髪をした、妖精みたいに淡い少女だ。背丈はリーシェと同じくらい、凹凸の目立たない体つきは、一つ歳上とは思えないほど、そのあどけなさを強調していた。
少女は、士官らしい簡素な部屋着を身につけていながら、得も言われぬ気品をまとっていた。
『あ……』
『こんな夜分に申し訳ありません。お声が聞こえたものですから……。どうかなさいましたか?リーシェ様』
少女が滑り込むようにして、寝台の側に膝をついた。
リーシェのシーツからはみ出ていた片手が、少女の両手に包まれる。
枕辺に眺める顔は、純粋で、裏表がなくて、王女(あるじ)だけを見つめてくれるまっすぐな二つの黒曜石がよく映える。
リーシェはこの少女を知っていた。もしや、あれだけ愛していたカイルより、長い間の時を共に過ごしたのではなかったか?
『っ……、──…』
リーシェは少女の名前を呼んだ。
夢を見たの。
どちらの、夢ですか?
分からない。ただ、この国はもしかして──。
リーシェは少女と、それから二言三事、言葉を交わした。
片手を包み込んでくれていた手が、ひとしお強く握られた。
『朝まで、まだ時間があります。リーシェ様、お休み下さい』
『ええ、そうするわ。ごめんなさい、貴女もお部屋に戻って』
『いいえ』
『──……』
切なそうな黒曜石がたゆたって、悲しげな口許が綻んだ。
少女の長い睫毛に縁取られた二つの目許は、涙の似合う感じがあった。そして、桜貝の色を孕んだふっくらした淡い艶を帯びた唇は、かなしみをこぼせばいとも悩ましげなトーンになる声を紡いでいた。
少女は、それでもリーシェのために、微笑んでくれていた。
『私は朝までお側におります。お姫様が悪夢にさらわれませんよう、ここで護衛させて下さい』
これも、王女殿下の専属護衛の務めです。
リーシェは軽らかなソプラノがおどけたのを聞きながら、今度こそ安らかな夢の中へ入っていった。
一晩中、片手は自由を失っていた。一晩中、リーシェから怖いものは遠ざかっていた。
とても優しい夢の中で、一度だけ、ぽと、と、手の甲に熱い水が落ちてきた。
