
青い桜は何を願う
第7章 哀情連鎖
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ミゼレッタの一族は、稀に神通力と呼ばれる能力を持って生まれた者が出た。
神話時代の幻の楽園、華天帝国を治めていた聖女の血を引いていたのがミゼレッタ家だという言い伝えがあったことから、氷桜を支配出来たのも、不思議な力が備わることがあったのも、桃源郷を司っていたかの力が関係していたのかも知れない。
リーシェは僅かに汗ばむ真夜中、初秋の気配がひんやりたなびく私室の寝台で、不思議なビジョンにいざなわれていた。
氷華の青空が赤黒く濁って、町が崩れ落ちてゆく。武装した兵士らの雄叫びがぶつかる中、武器という武器が市民達を震撼させて、飢えた目をした浮浪者達が、水と小麦の渇れた町で、互いの血肉を貪らんと掴み合う。
リーシェは、庭園を見下ろしていた。豊かだった宮殿は、庭師達はもちろん、使用人らの姿を見かけなくなった。代わりに、点々と死体が転がっていた。怨みや無念、肉体の機能をなくした肌色の塊に辛うじて残った首は、どれも、穏やかな顔をしていなかった。
まもなく夢の中の光景がスライドしていった。
リーシェは知らない屋敷にいた。
白い雪に埋もれた赤い花が散らされた様は、美しい。
リーシェのすぐ目の前で、美しい少年の肉が、その軍服ごと引き裂かれた。飛び散る血液、崩れ落ちる象牙の彫刻の如く臈たけた肢体、おどろおどろしい赤に濡れてゆく上着や床から、妖しく甘い匂いが昇ってゆく。
少年の手に、血濡れの短剣が握ってあった。
『泣かないで…──リーシェ様』
『いや……ダメ……』
リーシェの滲んだ視界の中で、少年の、血色の引いてゆくかんばせがぼやける。抱き締めた身体はぐったりとしているのとはよそに、汗を含んで熱っぽかった。
赤い赤い花びらが、とめどない血の海になってゆく。
凶器は少年の手元にある。確かに何者かが操っていたはずなのに、第三者の姿がない。
リーシェは、これでは復讐も出来ない。
いやだ。いやだ。こんな現実は、いらない。
『いやぁ……』
カイル──…!!!
リーシェは、自分の悲鳴で目が覚めた。
シーツから顔を出して、サーモンピンクのカーテンとカーテンの間を覗くと、澄みきったマラカイトの空に、とても綺麗な月が浮かんでいた。
夢だったのだ。
