
青い桜は何を願う
第7章 哀情連鎖
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早は透に腕を引かれて、西麹の人気スポットに上ってきていた。
からっとした碧天は、それでもまだひんやりした空気を注いでくるのに相応しく、柔らかな白みを帯びている。ほんのり甘辛い匂いを含んだそよ風が、淡い影を生み出す午後の日差しの中を浮遊していた。
「んなとこに俺様を連れ出しやがって……何の用だァ?こら」
「何の用か訊きたいのは僕の方だ。早。家庭科室の前で何していたの?弦祇さんと銀月さんと、何があったの?」
透の無遠慮な尋問に、早はますます気が滅入る。
これが透でなかったら、顔でも腹でも殴って蹴って、しつこい相手を立ち上がれなくなるまで打ちのめしていただろう。
「早」
「…──う、るせぇ」
早は肩を掴まれるなり、透から顔を逸らせた。
時々、透の目を見られなくなる。
いつからこうなったのかは分からない。早は幼馴染みの透の顔など見飽きているし、成績や、部屋の机の引き出しの中まで互いに知っている仲だ。
それなのに、早はふとした弾みに、透を自分ではない他人として意識する。
さらさらした栗色の髪が影を落とす、透の年頃の少年にしてはきめ細やかな肌の中に映える瑪瑙の色を瞳は、あまりに綺麗だ。
早は、羞恥にも似た恐怖に陥った。透に何もかも見透かされるのではないかと思った。
「弦祇さんは何?」
「──……」
「この前も早、弦祇さんと揉めていた。美咲さんもいた。早の様子が前よりおかしくなったのも、携帯が繋がりにくくなったのも、春休みに入ってからだ」
「悪りぃかよ」
「あのバイトと関係あるの?」
透の声は穏やかだ。早の両肩を拘束する手は、くすぐったいほど優しい。
いにしえの救世主(メシア)も、こんな風に目前の人間を安心させて、虜にしていったのか?
早は有り難くもない状況に置かれていながら思う。
自分を救ってくれるのは、「花の聖女」でも一条兄弟でもない、幼馴染みで気のおけない、この美しい友人ではないか?
「……早」
透の繊細な指の並んだ手が、すとんと下りた。
「早が何か悩んであのバイトを始めたこと、知ってる」
「だったら何だってーんだ」
「僕じゃ力になれない?」
「分かった口を利くな」
勘弁してくれ。
早は心底うんざりしていた。
しつこい透の説教も、尋問も、鬱陶しい。
