
青い桜は何を願う
第7章 哀情連鎖
「またおむすびだけ?」
大音量のインディーズメロディが響き渡る中、至近距離で、あえかなアルトの声がした。
このはは、おむすびをとり落としそうになる。
「味気ないなぁ……」
色気のある科白を吐かれたわけでもないのに、胸が落ち着かなくなってゆく。
ウエストに、流衣の片手が触れてきた。
このはは、ありがちな感情とは違った種類の、危機感を覚えていた。
「ユリアを愛したデラ」の記憶さえ目を覚ましていなければ、この場で流衣をあしらえたかも知れない。が、このはは必要以上に緊張して、ただただ肩を縮こまらせて、息を小さくする他にない。
このはは、まるでそこいらの生徒達と同様、流衣と一緒にいてどきどきしていた。
これは病気だ。気の迷いだ。
このはは自分に言い聞かせて、古代米を飲み込んだ。
「はいこのは、あーんして」
唐突に、サンドイッチが口許に近付いてきた。
「何の真似ですか?」
「野菜も食べないと夏バテするぜ」
「今は春です」
「今朝は高山さんが調理場仕切ってた。前にこのは、高山さんの料理、美味しいって言ってたじゃん」
「それは……。でもいりません」
「本当、君ってつれないな。でもないか。今日このは、通し稽古で二十八回も目線外した。全部、帽子屋とチェシャ猫のシーン。そんなに私と顔合わせるの、照れ臭い?」
「……──っ」
否定は出来ない。
認めるのはかなり癪だ。
これ以上流衣に言葉責めされては身がもたない。
このはは耐えられなくなって、サンドイッチを一口かじった。
「美味しい」
顔馴染みのシェフの腕前は、健在だった。
「お礼にもなりませんけど、どうぞ」
「古代米?良いよ。君のマイブームをもらえない」
「サンドイッチいただいちゃったし」
「一個だけじゃん」
「でも」
「そうだなぁ、このはの可愛い唇で口移ししてくれるってんなら、考えても良い」
事件が起きたのは、流衣の歯も浮くような科白が発端だったのかも知れない。
「ったく、たらたらたらたらいちゃついてんじゃねぇよカス!」
このはは真淵の怒声に寒イボが立って、久しく敵の存在を思い出した。
