
青い桜は何を願う
第7章 哀情連鎖
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銀月義満の所有地に繋がる扉は、地上の思いがけない場所にあった。
莢は、行夜が扉の合鍵を出す間、日常の風景の中に見事にとけ込んでいたそれを前に、知らずに迷い込んでしまう人間もいるのではないかと危惧した。
もっとも、一応は隠し扉だ。華天帝国の関係者や住民でなければ、その仕掛けは暴けないという。
莢のジャケットのポケットの中で、携帯電話が振動したのは、扉を抜けてまもなくのことだ。薄暗いトンネルを下りながら、明るい液晶画面を開く。
『さくらちゃんと今すれ違った。いつ見ても綺麗だなぁ。羨ましいでしょ?さっきのことならしつこく気にしなくて良いからね。有川さんは大丈夫だろうけど、義満が何か仕掛けてきたら呼ぶんだよ』
メールは、莢が今、最も話したかった相手からだ。
このはが恋しかったのではない。今朝以来、気にかかっていただけだ。
液晶画面のブラウザボタンを操作して、返信画面に切り替える。
その時、行夜がひとしお重厚な扉を開けた。
莢は二つ折りの携帯電話を閉じた。このはには後で返信しよう。
「ここ……」
莢は視線を上げるなり、小さく声を上げた。
ここは地下世界のはずだ。だのに頭上は青い空に覆われていて、無限に広がっているような街に、黄金色の光が降り注いでいた。地上の風景と大差ない。
ふかふかの綿雲が泳いでいる。行き交う人々は皆、活き活きとした顔を輝かせていた。
地上でもあまり普及していないソーラーカーが、車道を駆け抜けていった。
「お気に召されましたか?」
「まさか」
どこからか、ひんやりした穏やかな春の風が吹いてきた。
「罪のない女の子を「花の聖女」に祭り上げて、こんな怪しい箱庭を持っている。貴方の主は狂ってる。元から「花の聖女」なんていない。王女殿下を……リーシェ様をお連れして、どうするつもり?」
華天帝国の完成には、「花の聖女」、すなわちリーシェ・ミゼレッタの魂が不可欠だと聞く。
人柱にでもなぞらえるつもりなのかは知らないが、そんな世界に用はない。
莢は行夜が憎かった。リーシェの魂に寄ってたかろうとしているこの世界の住民が、皆、憎い。
