
青い桜は何を願う
第7章 哀情連鎖
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「よく泣くね」
「あいつの所為です」
「良いじゃん、別に。君は強いのに脆かった。このはは私のお姫様なんだ。お姫様には強い騎士が必要さ」
「わけ、分かんないです」
「そうかな。分かってるだろう。だから君は、こんな私を許してくれてる。違う?」
「──……」
部活の始まる時刻はとっくに過ぎて、他に生徒の姿はない。
このはは、静まり返った昇降口で、流衣の肩に頭を預けていた。
二人、靴箱の陰に潜んで、まるで世界から切り取られたみたいだ。
階上では、今頃、演劇部も稽古を始めているはずだ。
涙は、いつの間にか乾いていた。
「……このは、ごめん」
「何で先輩が謝るんですか」
このはは鼻をすすって、シフォンのフリルが被さる自分の膝を抱え直した。
「先輩がそういう態度をなさっては、雨が降ります。それとも先輩、有川さんに二度も私を車に連れ込ませたこと、今更悪びれてるんですか?」
「違う」
「…………」
「違うんだ、このは」
左手が流衣の両手に包まれた。
「ごめん……」
「ですから、わけが分かりませんってば」
いつかの記憶が押し寄せくる。意識が宥めようとしても、胸がひとりでに騒ぎ出す。
このは自身の記憶ではない。リーシェを護るためだけに生きていた、リーシェを愛する喜びに生かされていただけの、哀しい少女の古びた記憶が、このはの頭の片隅で、サイレンを響かせていた。
このはは、かつて氷華に住んでいた。宮殿に住み込みで仕えていて、そして、リーシェを、心も身体も誰より理解していた。
それでもこのはは、故郷を懐かしむ本能に、両国の国境へ足を向けさせられていたのか。
そこで一人の少女と出逢った。
恋人か、友人か、どちらともつかない関係だった。ただ、彼女といつか戦うことを強要されれば、リーシェのために、その縁(えにし)を断つつもりでいた。優しい彼女は、それを許してくれていた。
『その代わり』
『…………』
『もし来世で出逢ったら、お嫁に来てよ』
それが、このはに出された条件だ。
冗談だとは明白だった。このはの思い出の中の少女は、このはの自由なところを愛してくれていた。このはも、彼女のそういうところが好きだった。
