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青い桜は何を願う

第7章 哀情連鎖


* * * * * * *

「よく泣くね」

「あいつの所為です」

「良いじゃん、別に。君は強いのに脆かった。このはは私のお姫様なんだ。お姫様には強い騎士が必要さ」

「わけ、分かんないです」

「そうかな。分かってるだろう。だから君は、こんな私を許してくれてる。違う?」

「──……」

 部活の始まる時刻はとっくに過ぎて、他に生徒の姿はない。

 このはは、静まり返った昇降口で、流衣の肩に頭を預けていた。

 二人、靴箱の陰に潜んで、まるで世界から切り取られたみたいだ。

 階上では、今頃、演劇部も稽古を始めているはずだ。

 涙は、いつの間にか乾いていた。

「……このは、ごめん」

「何で先輩が謝るんですか」

 このはは鼻をすすって、シフォンのフリルが被さる自分の膝を抱え直した。

「先輩がそういう態度をなさっては、雨が降ります。それとも先輩、有川さんに二度も私を車に連れ込ませたこと、今更悪びれてるんですか?」

「違う」

「…………」

「違うんだ、このは」

 左手が流衣の両手に包まれた。

「ごめん……」

「ですから、わけが分かりませんってば」

 いつかの記憶が押し寄せくる。意識が宥めようとしても、胸がひとりでに騒ぎ出す。

 このは自身の記憶ではない。リーシェを護るためだけに生きていた、リーシェを愛する喜びに生かされていただけの、哀しい少女の古びた記憶が、このはの頭の片隅で、サイレンを響かせていた。

 このはは、かつて氷華に住んでいた。宮殿に住み込みで仕えていて、そして、リーシェを、心も身体も誰より理解していた。

 それでもこのはは、故郷を懐かしむ本能に、両国の国境へ足を向けさせられていたのか。

 そこで一人の少女と出逢った。

 恋人か、友人か、どちらともつかない関係だった。ただ、彼女といつか戦うことを強要されれば、リーシェのために、その縁(えにし)を断つつもりでいた。優しい彼女は、それを許してくれていた。

『その代わり』

『…………』

『もし来世で出逢ったら、お嫁に来てよ』

 それが、このはに出された条件だ。

 冗談だとは明白だった。このはの思い出の中の少女は、このはの自由なところを愛してくれていた。このはも、彼女のそういうところが好きだった。

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