
青い桜は何を願う
第7章 哀情連鎖
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このはは昇降口まで全力疾走しきると、とてつもなく息切れしていた。
自分の名前が書いてある靴箱の側に、座り込む。上履きを引っ張り出す余力はなかった。
今朝、さくらに拒絶された。自分に否があったのだろうが、思い当たる節がない。
昨夜は一つにとけ合ってしまうのではないかと思えるほど、さくらと心を通わせた。このはは、さくらのとろけるような甘い眼差しに溺れて、有頂天になっていた。
だのに今朝、全く突然、手の平を返したように、伸ばした腕を拒まれた。
『ごめんなさいましっ』
そしてとどめは、莢の心ない一言だ。
このはの中で、遠い遠い過去の記憶が、今の自分に重なってくる。
リーシェ・ミゼレッタを愛したこのはの魂の宿主も、こんな想いを味わってばかりいた。カイルがいつでも陽の当たる場所にいたのに引き換え、このはは、出生自体がリーシェを裏切っていたと言って良い。
このはは長い時を経て、ようやっと、さくらと同じ日本(くに)に生まれた。そして同じ空気を吸って生きてきた。
この身体には、清らかな血が流れているはずだ。
さくらからリーシェと同じ氷桜の匂いがした時は、吃驚した。
このはは、さくらにリーシェが重なって、惹かれたのではなかったからだ。
一方で、運命だと感じた。
このはは、その運命にこそ、さくらから引き離されるのか?
胸に咲いた青い花の痣が、ずきずき痛む。
このはは身体に咲いた花を、莢に刺青だと言って誤魔化した。
痛みが生じるものではないが、ある記憶が蘇ると、感傷的な痛覚に苛まれる。
かつてこのはは、権威をなくした氷華の宮殿の廃墟で、リーシェからこの花を授かった。
それからというもの、このはの胸に、何度転生を繰り返しても、不思議な匂いをまとう青い小花が咲く。
幸せで、あまりに悲しい記憶と共に、禁断の花は魂の憑き物となったのだ。
「このは」
このはは、頭上から流衣の声が聞こえてこなければ、目を開けたまま悪夢に連れ去られていたかも知れない。
「……流衣先輩……」
顔を上げると、逆光でもはっきりと分かった。
このはは、流衣の微笑んでいるようで今にも泣きそうな目に、胸が迫るほどの優しさで、見下ろされていた。
