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青い桜は何を願う

第7章 哀情連鎖


* * * * * * *

 このはは昇降口まで全力疾走しきると、とてつもなく息切れしていた。

 自分の名前が書いてある靴箱の側に、座り込む。上履きを引っ張り出す余力はなかった。

 今朝、さくらに拒絶された。自分に否があったのだろうが、思い当たる節がない。

 昨夜は一つにとけ合ってしまうのではないかと思えるほど、さくらと心を通わせた。このはは、さくらのとろけるような甘い眼差しに溺れて、有頂天になっていた。

 だのに今朝、全く突然、手の平を返したように、伸ばした腕を拒まれた。

『ごめんなさいましっ』

 そしてとどめは、莢の心ない一言だ。

 このはの中で、遠い遠い過去の記憶が、今の自分に重なってくる。

 リーシェ・ミゼレッタを愛したこのはの魂の宿主も、こんな想いを味わってばかりいた。カイルがいつでも陽の当たる場所にいたのに引き換え、このはは、出生自体がリーシェを裏切っていたと言って良い。

 このはは長い時を経て、ようやっと、さくらと同じ日本(くに)に生まれた。そして同じ空気を吸って生きてきた。
 この身体には、清らかな血が流れているはずだ。

 さくらからリーシェと同じ氷桜の匂いがした時は、吃驚した。

 このはは、さくらにリーシェが重なって、惹かれたのではなかったからだ。

 一方で、運命だと感じた。

 このはは、その運命にこそ、さくらから引き離されるのか?

 胸に咲いた青い花の痣が、ずきずき痛む。

 このはは身体に咲いた花を、莢に刺青だと言って誤魔化した。
 痛みが生じるものではないが、ある記憶が蘇ると、感傷的な痛覚に苛まれる。

 かつてこのはは、権威をなくした氷華の宮殿の廃墟で、リーシェからこの花を授かった。

 それからというもの、このはの胸に、何度転生を繰り返しても、不思議な匂いをまとう青い小花が咲く。

 幸せで、あまりに悲しい記憶と共に、禁断の花は魂の憑き物となったのだ。

「このは」

 このはは、頭上から流衣の声が聞こえてこなければ、目を開けたまま悪夢に連れ去られていたかも知れない。

「……流衣先輩……」

 顔を上げると、逆光でもはっきりと分かった。

 このはは、流衣の微笑んでいるようで今にも泣きそうな目に、胸が迫るほどの優しさで、見下ろされていた。

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