
青い桜は何を願う
第9章 かなしみの姫と騎士と
「莢ちゃん、私ね」
「貴女は誤解して、苦しんでいたみたいだね。…──さくらちゃん」
「だって」
「カイルがリーシェ様に殺されたんじゃない、殺したのは俺。リーシェ様……貴女を殺したのは」
「…──っ、ど、して……」
「カイルは戦っていただけだから。王女殿下の護衛であることが、恋人と呼べたことが、カイルの全てだった。あの時、ああするしか貴女を守れる方法は見つからなかった。さいごまで、貴女に救われていた」
「莢ちゃん……」
「私が後悔しているのは、リーシェ様の笑顔をこの手で失くしたこと。世界で一番、ううん、宇宙で一番、愛していたのに。貴女に消えない傷を残した。優しい貴女を一人遺した」
莢の声は、少し低くて甘い、潮風の音に波長が似ている。
カイルの声とは違うのに、さくらには重なって聞き取れた。
何故、貴方はいつもそんな風に想ってくれるのだ。
今またさくらが顔を上げると、莢と、目が合った。
悲しみにも過去にも囚われない、莢の碧落のように純一無雑な表情に、さくらはたまらなくなる。
「よく頑張った。リーシェ様は、最後まで生きてくれた。ありがと」
「莢ちゃん……」
「私も、今度は後悔したくない」
微笑んだ莢の思いは、さくらには不思議と手にとるように伝わってきた。
一緒に生きていきたい。
さくらが願えば、莢は頷いてくれる。
氷華の騎士としての立場に纏縛されていた彼ではなく、クラウス家の嫡男としての自覚に桎梏されて生きていた彼でもない。希宮莢として、さくらの大好きな彼女は、きっと未来を希望する自由を手に入れたのだ。
莢は、けだし一度味わった後悔を繰り返さないために、行夜と真っ向から戦って斃れる道を回避した。互いに血を流さなくて済むように、敵の弱みにつけ込んだのだ。かつての誇り高い騎士、カイルの魂に背く行為でも、生きてこそ、今の莢には価値のある勝利なのだ。
「なーんて。さくらちゃんがまだ私を愛してくれていたら、の話だけどねー」
踵を返した莢の表情は、さくらから見えない。
ただ、莢の声音が、どこか顫えて聞こえたのは、さくらの考え過ぎなのか?
今、さくらが愛していると頷かなければ、桜の木々を揺らすそよ風に、莢がさらわれてしまう気がした。
愛していないはずがない。
…──行かないで!
さくらは莢の片手首を捕まえる。
