
青い桜は何を願う
第9章 かなしみの姫と騎士と
「ごめん、さくらちゃん。有川に脅されて。……」
莢の腕に抱き寄せられるや、さくらの頬が柔らかな体温に収まった。
「有川に、さくらちゃんを連れて逃げろって言われてるんだ」
「えっ……」
思いがけない莢の言葉を、さくらはすぐに呑み込めなかった。
「大事なお嬢様のお気に入りから離れろって。あいつは、私達がこのはと一緒にいるのが気に食わないらしい」
「銀月先輩ね」
「いい歳越えて、初対面の私に銃を向けてきた……さくらちゃんのことまで持ち出して。私達と一緒にいるから、このはが厄介事に巻き込まれるんだってさ。遠くに行くって約束すれば、リーシェ様の御身は保証する。それがあいつの言い分だった」
「じゃあ、あの人と莢ちゃんは」
「仲間なはずないじゃん。有川の役目は、さくらちゃんと私をあの別荘で引き合わせることだった。海は、聖花隊に嗅ぎけられる可能性がある。私は確かめたいことがあったから、さくらちゃんに会いに行く前に、海でこのはを待ち伏せしてた。そしたら、誤算か何だか知らないけど、あんなことになっていたなんて」
「──……」
こんな話の最中でも、さくらの胸はときめいていた。
最愛の恋人の残り香をまとう少女を、否、まごうことなき本人を、さくらは見上げる。
「このはより、さくらちゃんを先に迎えに行っていれば、あんなことには……。端から私は、雲隠れにさくらちゃんまで巻き込むつもりはなかったけど」
「莢ちゃん」
「一目、会いたかったんだ。……──会えなくちゃ死んでた」
そんな真剣に言わないで、とさくらは思った。
さくらの中で、絶望故の悲しみが、風化してゆく。切ないほどの愛おしさに変わっていく。
「さくらちゃんには、手出しさせない。あいつの悪事が入ったデータと一緒に、全部私が持って行く」
愛の台詞を囁く声音の莢の想いに、さくらの耳がくすぐったがる。優しすぎた。
「貴方はそうして、いつでも助けてくれるのね」
「永遠に貴女の騎士だから──…私」
「クラウス家秘伝の桜の奥義、初めて見たわ。このは先輩と私の身の周りに落ちた花びらは、綺麗な桜の花だった。カイルの剣が吹かせる吹雪は、私を守ってくれる魔法ね」
「はは、それは買い被りすぎだな」
互いのぬくもりを確かめながら、さくらは莢とささめき合った。
