
青い桜は何を願う
第9章 かなしみの姫と騎士と
「憎むだけじゃ、足りない?良くてよ、私。莢ちゃんになら殺されても満足だわ。少なくともあの執事に殺られるよりは」
「さくらちゃん、あいつと私は」
「リーシェには未来読みの力があった。貴方の──カイルの最期を知っていて、私は何もしなかった。あの時、リーシェが天祈の手に落ちた時、心のどこかで貴方を呼んだわ」
「──……」
「カイルが逝ってしまうと私は知ってた!貴女に憎まれない方がおかしいわ!」
カイルが自害した数日前から、リーシェは不吉な夢を見ていた。
氷華の王家には、稀に不思議な力を持つ人間が生まれた。
未来読み、リーシェは厄介な神通力を授かったというだけで、最愛の恋人の最期を知らなければならなくった。自分が天祈に買収された没落貴族の陥穽に囚われる夢とカイルの天命との関わりを、読み解いたのだ。
カイルがリーシェを逃すために自ら犠牲になるのなら、リーシェが彼にとって守るに値しない人間になれば良い。さすれば未来は変わるのではないか。
リーシェは考えて、芝居を打った。カイルに見限られたいがために、務めて非道い言葉をぶつけた。
未来は変わらなかった。
『──、リーシェ様を頼む』
士官の名前だった。カイルの声が、リーシェに親しい、とても可憐な少女の名前を指した。リーシェには、彼女を読んだカイルの意図が分からなかった。
視界が鮮血に染まった。
リーシェは、自分自身の臭覚が薄気味悪かった。人間の血があんなに芳しいはずないのに、リーシェは思い出すもおぞましい、飛び散る赤にまみれた部屋で、甘い匂いに酔った。薄紅色のドレスの裾が生温かい血に染まるのにも構わないで、カイルの側に駆け寄った。
近くで氷華の士官と天祈の少女が、側の兵士達と揉めていた。 士官は、ロイヤルミルクティー色の髪をしていた。
強い意思を湛えた目、気高い面差し、純粋な存在感、それらは人ならざる妖精に備わるものに通じているところがあった。少女は、一度耳にすれば忘れられないソプラノの声をしていた。絵物語にまみえる騎士の風采をした天祈の少女の胸に、泣き縋っていた。
カイルを殺したのはリーシェ自身だ。
さくらが別荘での行夜の指摘を否定出来なかった理由はそれだ。
あの時、リーシェはカイルを遠ざけるべきでこそなかった。さすれば残酷な運命は、変えられたかも知れない。
