
青い桜は何を願う
第9章 かなしみの姫と騎士と
「……っ。ん……」
頬に、否、唇の端か。
莢の唇が、一瞬、さくらに触れた。
夏でもないのに全身が汗ばむような熱に浮かされる。
さくらは、自分がどんな顔をしているのかと思うと、まともに莢の目を見られなくなった。それと同時に、目を開けて夢でも見ているのではないかと不安になった。
「夢じゃないよ」
莢からくすりと息がこぼれた。さくらは心中を見透かされたかと思った。
「貴女が貴女である未来。私が私として生きられる未来。それが叶ったら、またデートしてくれる?」
「それって……」
「それまで、私のことは忘れて欲しいんだ。逢わなかったことにして」
「──……」
やはり、そういう決意だったのか。何故、莢はさくらに事情を話してくれない?
莢もこのはも、さくらに何一つ話してくれない。
「そんな顔、させたいんじゃない。さくらちゃんを頼れないのでもない。貴女を愛しているし、信頼している。ただ、貴女を守りたい。これは私のわがままだ」
「…──莢ちゃん」
「今日、すごく楽しかった。……実はさ、他の女の子とたくさん恋したんだ、私。恋愛ごっこみたいな恋。でもダメだった。いつもいつも、どんなに魅力的な女の子と一緒にいても……貴女と過ごした日々を思い出すと、虚しくなるだけ。本気になれない」
「……え……」
「さくらちゃんがこのはに口説かれたからって、気にすることじゃないってこと。このはじゃなくても、さくらちゃんが誰かによそ見しちゃっても、私の想いがどうこう変わる理由にならない」
「──……」
「さくらちゃんと私は、リーシェ様でもカイルでもない。出逢って恋から始めなくちゃ、単に過去の模倣になっちゃう。ただ」
左手の薬指に莢の指先が伝ってきて、さくらの胸がきゅっとなる。
「私達を囚えていたのは過去じゃない。さくらちゃんは私に、私はさくらちゃんに……囚われていたらな、と思う」
想いは一つ。唯一無二だ。
さくらは言外に匂った莢の思いに共感して、少し笑った。
魂が生き続けていたから、リーシェがカイルを、カイルがリーシェを求める想いは、朽ちるどころか募るばかりだったのだ。
いつだったか氷華の城の庭で、カイルはリーシェの薬指に誓ってくれた。
あの時から、二人の魂は、白金のエンゲージリングなど足許にも及ばない、固いものに結ばれていた。
