
青い桜は何を願う
第9章 かなしみの姫と騎士と
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「今日のこと、義父には話さない。行夜にも、……と言っても、あいつに限って自分の首を絞めることはしないか。ごめん。私がよく見ていなかった。分かってるつもりで分かってなかった。あいつのことも、……」
…──このはのことも。
このはは、ちらと黒目を動かす。流衣の端麗な横顔は、とりたてて気色が顕れやすくはなきにせよ、いつも、無条件に安心させられる。
デラの生家に仕えた軍人の家柄の世継ぎは、どんなえにしに引き合わされたか、今度は皇族の末裔として、今は亡き国の跡地に生を受けた。というのは一般に知られる建前だ。流衣と義満の血縁は五分、しかも姪と叔父の関係に過ぎない。このはも最近知ったことだ。
胸が熱い。温かい。
このはは何故、こんな時に安らげるのだ。まるでぬくぬく守られて生きてきた、姫君のように。
「大体、君の顔がいけないんだ。部に入ってきた頃から、私のタイプそのものだった。目で追ってくれって言われてるのかと思った」
「ちょっ……流衣先輩っ?」
「一年目の夏合宿の夜、このはの寝顔を眺めていたのが間違いだったよ。可愛い寝言を君が言ったりしなければ……君があんなはだけやすいバスローブで眠ってなければ、私は、このはが君だって確信しなかったのに」
流衣の声に、心底悔しげな音が帯びた。
このはは遅ればせながらの過失に気が付く。
──寝顔を眺めてた?
──はだけやすいバスローブ?
「見たんですか?!痛っ……」
条件反射的に流衣の肩を掴んだ刹那、失念していた腕の痛みがほとばしった。
もっともこのはは、今、もっと大事な問題に対峙せねばならない。
「寝顔っ、見たんですか?!バスローブ、はだけてって……どこまで……寝言ってどんな?!」
このはがどれだけ気まずい思いをしているか、流衣は分かってくれていない。その証拠に、流衣は心なしか愉しげに、懐かしそうに目を細めていた。
「普通。色々あって、挙げていったらキリがない」
「キリがないっ?」
「そうだなぁ、やばいほど甘ったるーい声で、ユリア……って、呼んでくれてもいたかも」
「…──!」
かなしいかな、身に覚えはある。
このはは物心ついた頃から、度々、夢の中で懐かしい少女に会っていた。少女がデラの遠い泡沫の恋人、ユリアだったということも、知っていた。
