
青い桜は何を願う
第9章 かなしみの姫と騎士と
「莢ちゃん」
「さくらちゃん?」
カップを置いて、さくらは莢に身を乗り出す。
ずっと秘密にしていた魂の鍵を、見つけた。さくらが自分自身にも秘密にしていた、こぼれ出ないよう蓋を閉じてきた真実から、もう逃げられない。逃げたくない。
『桜は好きじゃない』
『鮮やかなまま散ってしまう桜を見てると、どうしようもなく悲しくなってしまうのです』
淋しそうに桜を見上げる少年は、ひたむきで、救いようのないほど澄んだ魂の持ち主だった。
莢ほどカイルに似た人物はいない。
さくらにしてみれば、容姿や性別の変化はとるに足りない。カイルを見つけ出せない障壁にもならなかった。
さくらの魂を慰めてくれる存在は、莢だ。
世界中のどこを探しても、莢ほどさくらに罪を自覚させる存在は、いない。
「莢ちゃんが、好き」
「さくらちゃん」
「こんな言葉じゃ足りないわよね。貴女がくれたこの大切な気持ちは、好きなんて気持ちじゃ全然足りない」
「───…」
「思い出せないほど昔から、私は、貴方を。歴史でも教えてくれないくらい昔のことだわ、私も、何年越しだとかはっきり言えないけれど……」
記憶の中の恋人は、カイル・クラウスは希宮莢、貴女だ。
さくらは莢の片手をとった。迷わずに、真っ直ぐに、懐かしくて愛おしい双眼を覗く。
「人違い、だ──…さくらちゃん」
莢の小さく震える声が、さくらの確信を肯定してあた。
「どうして?莢ちゃん。私が貴女を、忘れられるはずないのに」
行夜に連れられた別荘で、気も狂わんばかりの恐怖や不安になぶられた。
地獄より酷い地獄絵の中、もはや誰の血かも分からない生臭い匂いに気管を蝕まれた昼下がり、このはに抱かれて、さくらはただ震えていた。
初めて莢を見た瞬間、世界が変わった。
「さくらちゃん、私は──」
さくらは緩く握った莢の手に、もう一方の手を重ねた。
「やはり私は、莢ちゃんにとって裏切り者?」
「……──っ」
莢は否定しなかった。
許されなくて当然だ。
さくらは、莢の一瞬の動揺から悟った。
