
スキをちょうだい。
第2章 こうかい
準備室に辞書を運び終えて、二人は疲れたため息を吐いた。
「田中、ありがとな」
「いいよ。百円な」
「お前…‥ちゃっかりしてんな」
雑談をしながら部屋を出るとーー環の姿を見つけた。
隣には梨恵の姿もある。
二人の雰囲気は何やら怪しげで、航太は固まってしまう。
「あ。大物カップル」
田中も二人の存在に気がついたが、何も気にせずに廊下を歩いていこうとする。
「ちょっと、待てよ」
そんな田中を引っ張り戻して、教室に隠れる航太。
「覗きでござるか? 月野殿は好き者ですなあ」
うへへへ、と、下品にふざける田中に、航太は何も言わなかった。
引き戸の陰から二人の様子を見るのに必死である。
そうこうしている内に、環は梨恵を窓際に追いこんで、彼女に濃厚なキスをした。
「うわあ、すげえ。童貞にはたまりませんわ」
田中の呟きは、やはり航太には届かない。
航太の目は耳は、環にだけ注がれていた。
キスが終わって、梨恵は嬉しそうにほほえんでいる。
「ねぇ、あたしのこと、スキ?」
濡れた声で梨恵は彼に訊く。
航太は耳を塞ぎたくなるのをこらえる。
ー頼むから、何も言わないで。
しかし、航太の願いは、環には届かない。
「スキだよ。誰よりも」
心臓が痛くて痛くて、たまらない。
息が苦しくて苦しくて、たまらない。
思わず、自分の胸の辺りを掴む航太に、田中が心配そうな声をあげる。
「月野? 大丈夫か?」
彼の声で我に返った航太は、作り笑いでごまかした。
「あぁうん。この部屋、ほこりっぽいな」
さすがの田中も訝しげな表情をしたが、追求することはしなかった。
逃げるように廊下を行く航太。
環が見ているような気がしたが、絶対に振り向かなかった。
