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エスキス アムール

第53章 矢吹は良いやつ






「…どうして?」


木更津の顔からまた微笑みが消えた。
そして冷たい声で、一言呟く。
その彼の態度に怯みそうになったけど、なんとか耐えた。



「本当に、矢吹とは何もないんだ。仕事上で良くしてもらってるだけで…っ」

「仕事上で良くしてもらっている人の香水をべったり身体につけてきたのは誰?」

「あれは、送ってもらうときに支えてもらったから…っ」

「支えてもらわなきゃ歩けないくらいまで飲んだのは誰?」

「…っ、それは…俺が悪いけど…でも…っ」


一旦言葉を切ると、木更津は大きく溜め息を吐いた。


「どうして……どうして矢吹はだめなんだよ!三村も要のときはこんなに怒ったりしなかった……っ」

「……」

「矢吹の会社と提携すれば、軌道に乗るんだよ!こんなチャンス…滅多にないんだ…っプライベートでは関わらないし、二人きりにならないから……お願い木更津……っ」


木更津は黙ったままだった。
いつもの温かみのある瞳は、今は何の感情も宿っていないようだった。

それからしばらく沈黙が続いて。



「なんで……あいつの前で……」

「……え?」

「なんであいつの前で、そんなに飲んだの…」

木更津は小さな声で、そう呟いた。

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