
エスキス アムール
第53章 矢吹は良いやつ
矢吹と身体を重ねたわけではないから、香りが移っているのはシャツだけだけど、汗もかいていたので、シャワーを浴びた。
頭はズキズキと痛むので、水を飲んで横になる。
家にいて、こんなにつまらないのは木更津と一緒に住み始めていままでなかった。
「…早く帰ってきてよ…」
小さく呟いてみるけど、それはシンと響いて、広い空間に吸い込まれていく。
それに、木更津が側にいないのだということを妙に実感させられて、なんだか泣きそうになった。
そうしてグダグダ過ごして、夜になると木更津が帰ってきて。
扉が開く音に飛び起きて見ると、一瞬目が合うもすぐに逸らされて、木更津は奥の部屋に行ってしまった。
こんなの嫌だ。
「…きさらづ…!」
心が折れそうになったけど、これは自業自得だし。
このままじゃいけない。
そう思って急いで追いかけて、その背中に抱きつく。
お願いだから、拒否しないで。
そう、願いを込めてありったけの力を腕に込めた。
