
エスキス アムール
第53章 矢吹は良いやつ
えっと、なんでそうなったかっていうと。
服に香りが…、
そうだと思い出して、自分のシャツの匂いを嗅ぐと、まだかすかに甘い香りがした。
人工的な香水の匂い。
ベタベタしてきたんだろって言われて…、
「そうだ。矢吹だ。」
ズキズキと痛む頭で、昨日家に帰ってきてからのことを一気に思い出した。
そうだ。
だから木更津は出て行って、それを追いかけようとしたけどできなくて、玄関で待っていたけど寝てしまったのだ。
夜遅くに出歩いて、大丈夫だっただろうか。
慌てて携帯を取り出して、電話をかける。
と、ピリリリリリと携帯の着信音が扉の向こうから聞こえた。
どの音はどんどん近づいてくる。
もしかして。
帰って……
玄関の扉を急いで開けると、すぐ外には木更津が立っていた。
「光平…!!」
「……」
よかったという安堵感から抱きつきそうになったけど、香りのことを思い出して、躊躇する。
「そこ、どいてくれる?」
躊躇ってどぎまぎしていると、木更津は冷たい声でそう言って、俺を見つめた。
