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エスキス アムール

第53章 矢吹は良いやつ



「…い…っ」


ソファから突き飛ばすと、波留くんは机にぶつかって床に転げ落ちた。

驚きと痛さからか、顔を歪めている。
ゆらゆらと揺れるその瞳は僕を捉えて、泣きそうな顔になって、…どうしたの…?と僕を伺った。


「どうしたのって…?
波留くん馬鹿にしてるの?僕のこと。
何のあてつけ?こんなことして。会うなって言ったよね。どうして二人きりで食事なんていってるんだよ。
矢吹に介抱してもらうためにこんなことしたの?そのためにこんなに酔うまでお酒飲んできたの?僕に見せつけるために送らせたの?ベタベタしてきましたってあからさまにわかるようにして?」

「…ち、ちがうよ…っおれは、そんな、つもり……ベタベタなんか……してな……っ」

「へえ。気がついてないの。
自分の身体の匂い嗅いでごらんよ。」

「……っ」


言われてはじめて波留くんは自分の腕を鼻に持っていった。
そしてハッとする。香りに気がついたのだろう。


「矢吹の香りそんなにつけて。
ベタベタしてないなんてまだ言えるのかよ!!」


僕の迫力に、波留くんは瞳を潤ませてただ黙ってじっと僕を見つめるだけだった。

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