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暗闇で恋しましょう

第12章 1つ、また、1つ 嫌な、こと

ここまで来て引越しは………もう、ないに等しい。


正直、今の今まで忘れてたくらいには。



すまん。杏

お前が文句言わないのに、俺はすごく甘えてるんだ

だけど、2階だから

1階じゃないから、勘弁な



こんなボロアパート、1階も2階も同じと言われれば、それまでなんだが。


それでも、鉄製のこの階段を上るのと上らないのでは、違うものがあるのだと言い張りたい。


カンカンカン……


乾いた音を立てながら、ふと思い出す杏の言葉。



『ここの階段を上がる音って、意外に響くんだよ』



やけに得意気なそれに、一瞬首を傾げた俺だったが、考えればすぐに答えは出てきた。


杏が俺をいつも玄関先で出迎えられた理由。


何時に帰るとも、今から帰るとも伝えてないのに。


杏は、階段を上るこの音だけを頼りに、俺がそろそろ部屋のドアを開ける頃合かどうかを判断していたんだ。

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