
言葉で聞かせて
第10章 再来
「…………好きにしろ」
「敦史、待って」
低い声で一言だけ告げた敦史さんはその場を去って行ってしまう
悠史さんがそれを追いかけて部屋を出て行こうとして、一瞬だけ僕の方を振り返る
「ごめんなさい。突然のことなので……少し、考える時間を下さい」
僕が頷いたのを見てから悠史さんは敦史さんを追って部屋から出て行ってしまった
嫌だ
考える時間なんて
僕のこと好きじゃなくなるように頑張る時間なんて、あげたくない
好き
大好き
声にならない声で2人が居た場所にそっと愛を囁いた
久しぶりに自分の部屋で眠った次の朝、起きてリビングに行くといつもと同じ時間に起きたはずが家にはもう人の気配がない
リビングの机には昨日僕が書いて見せたメモ
僕の字の横に乱暴な文字で『わかった』とだけ書いてあった
多分敦史さんの字
フられちゃった
ううん、僕がフったんだけど
最低
自分から離れておいて泣くなんて
でも涙が止まらないんだもん
僕の過去なんてなくなればいい
あの大学に入らなかったら
あんな人と関わらなかったら
僕が小説家じゃなかったら
色んなあり得ない「もしも」が浮かんで、頭の中で出来上がった幸せそうな自分に酷く嫉妬した
