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20年 あなたと歩いた時間

第12章 君が生きた日々

京都に本格的な冬がやってきた。
六甲おろしに慣れた僕でも、違う種類の寒さに
ふるえあがった。

「小野塚、これデータとって」
「はい」
「それ終わったら、帰っていいよ」
「はい」

夜九時をまわっていた。
院生に指示された作業をしながら僕は、
毎日遅くまで研究室にいた。
学会が近づくといつもこんな感じだと先輩に
聞いた。バイトに行く時間が削られるけれど、
僕はたのしかった。

「じゃあ、お先に失礼します!」
「ういーっす。また明日な」

自転車に乗り、下宿とは逆の方向に走る。
研究室の冷蔵庫に入れておいたケーキの箱を
持ち、かばんにプレゼントがあるのを確認
した。
今日はのぞみの19歳の誕生日だ。
自転車をとめて、エントランスでのぞみの
部屋のインターホンを押した。
会うのは2週間ぶりだ。
でも、返事はなかった。外に出て部屋を見ると
明かりはついていなかった。
仕方なく、自転車に座って缶コーヒーを飲み
ながら実験のデータを読んで待つことにした。
仕方ない。びっくりさせようと何も言わずに
来たのは僕だ。
満天の星空を見上げた。
まだ、夢のようだった。
僕の仮説を、みんなと実験する。もし結果が
出なくても、こんな喜びがあるなら、この先
いくらでも考えられる。
ひとつずつ、前進していく喜びが絶えず体を
かけめぐる。実際いくつか、立証できない
仮説があった。でもその度に考え直して文献を
読み込んで、別の仮説を立てた。
11時を過ぎていた。もう帰ろうとしたその時
のぞみと誰かの声がした。
僕はデータをしまって立ち上がった。
その時、見てはいけないものを僕は見て
しまった。
血の気がひく、とはこのことだと思った。
足先から冷たくなって、その二人から目が
離れなかった。
僕はかろうじて物音をたてずにじっとして
いられたが、そこから下宿に戻って圭介の顔を
見るまでのことは、覚えていない。
ただ、感じたのは。
ああ、のぞみもこんな気持ちだったんだな、
と。
だから僕は耐えなければならなかった。
明日、何事もなかったかのように、1日遅れで
誕生日を祝おうと、思った。

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