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20年 あなたと歩いた時間

第12章 君が生きた日々

「勉強しなきゃな…」

そう思うばかりで、実際はシャーペンすら
握ることができなかった。
何もしたくなかった。脱け殻みたいに、
ベッドの上で一日中すごしていた。

「流星ー!流星ー?」

下から姉ちゃんの呼ぶ声が聞こえた。
コンコン、とノックする音が聞こえて
しばらくしてドアが開いた。

「流星?のぞみちゃん来たよ」
「あー…うん」

姉ちゃんの後ろに、久しぶりに見るのぞみが
いた。
入って、なんか臭いけど、と姉ちゃんが
のぞみに言った。

「どう?流星、夏バテ」

な、夏バテ?ってことになってんの?いま。

「うん、大丈夫…かな」
「みんな心配してる。流星、頑張りすぎって」
「…全然頑張ってない」
「桐野くんに会ったよ。昨日」
「桐野…」

桐野は、あの日僕と野嶋がしていたことを
知っている。のぞみに話したんだろうか。

「心配してた。結局インターハイ予選終わってから会ってないからって」
「それだけ?」
「うん」

僕はベッドから起き上がって、座った。
桐野、言わずにいてくれたんだ。

「流星…痩せちゃったね」

5キロ痩せた。走りたくても走る体力がない。
ふわっ、とやわらかな香りがした。のぞみが
僕を抱きしめていた。

「…のぞみ…?」
「ん?」
「僕も…抱きしめていい…?」
「いいよ」
「ごめん…こんなんで…」

僕は力の入らない両腕で、懸命にのぞみを
抱きしめた。
戻る場所はここだと気付くために、僕はあと
何回のぞみを傷つけてしまうつもりだろう。
のぞみはどこまで、こんな僕に向き合って
くれるのだろう。

「流星…いま、自分のこと『僕』って言った」
「え…言った?」
「うん、言った。かわいい」

のぞみは笑った。腕をほどいて、
鼻先が触れる距離で。

「ひげ!伸びてるよ、前はなかったのにね、流星」
「いや、あったよ。最近ほったらかしだったから」
「ねえ、流星?」
「ん?」
「先に、大人にならんで…一緒に、大人になろ…?」

前にも、そんな手紙をもらった。あの時、僕は
大人になるまで生きていたいと思った。
そういう意味で一緒に大人になろうと…
違った。
きっと、また僕は間違えていた。

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