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20年 あなたと歩いた時間

第12章 君が生きた日々

「あれ、世界史の範囲ってここまで?」
「違う、その次の章だよ」

のぞみがうちに来てから二時間。ちゃんと勉強
してる。できてる。

「川辺先生って」
「ん?」
「どんな先生?」

のぞみたち普通科は、川辺先生の授業がない。
でも僕がやたら関わっているのを知って興味が
あるらしい。

「…いいやつ。おれ、めちゃくちゃ好きだよ。何でも話しちゃうんだ。あ、進路指導室にいけば会えるじゃん。推薦の担当らしいよ」
「珍しいね、流星が何でも話せる人」

要に言われた。のぞみに焼きもち焼かれても
知らねーぞ、と。
何て言えばいいのかわからないけど、
僕の話すことを否定せず吸収してくれるところが心地良い。
部員でない僕が頻繁に走っていることで、他の
先生から意見が出たときも、受験生の息抜きと
思って大目に見てもらえるよう取り計らって
くれた、と桐野から聞いた。
そういうことを僕には言わないところも、
いいなと思う。

「推薦担当か…」
「そういや、のぞみってどこ目指すの」
「…まだ決めてない」
「学部は?」
「まだ…」

絶対、決めてる。この言い淀み具合は
間違いない。

「とりあえず勉強してりゃいいか。行きたいとこ行けるように」
「うん」

僕はそれ以上詮索せず、また目の前の問題に
とりかかった。
のぞみと交換したシャーペンのメロディちゃん
は、何者かわからないくらいに剥げている。
このシャーペンは僕のお守りだ。

「そろそろ帰ろっかな」
「あ、もうこんな時間か。送るよ」
「いいよ、まだ明るいし」

のぞみは勉強道具を片付けながら、窓の外を
見た。

「じゃあね。また明日」
「うん。あ、のぞみ」
「ん?」
「何でも話せるのは、のぞみも同じだから」
「うん」

でも、知っている。のぞみは僕に、全部を
話してくれるわけではない。
本当に聞きたいことを聞かなくなったのは、
いつからだろう。
僕がそうさせているのもわかっている。
のぞみは何もかも知っているのに、
気づいていないふりをする。だから、僕は
『のぞみ』という世界で完結してしまうほど
ちっぽけな存在であることを思い知る。
時々、苦しい。
苦しくなるほど、好きだ。それなのに僕は時々
のぞみを傷つけてしまう。

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