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20年 あなたと歩いた時間

第12章 君が生きた日々

心臓が痛い。
僕は、紺野をうとましく思うどころか、
かわいそうに思えて仕方なかった。
どんなに僕を想っていても、僕は決して
紺野のことを好きにはならない。
紺野と手をつないで歩くことはない。
紺野に対して緊張することもない。
なのに心臓の奥が、痛い。

「あ。川、きれい」

のぞみとの帰り道。自転車の後ろからのぞみが
言った。
僕はずっと考え事をしていた。

「え?ああ、昨日の雨で藻が流されたな」
「入ろ!足だけ!」

そう言うとのぞみは、もう荷台から飛び降りて
いた。
何日も晴れた暑い日が続いて、川の流れが
滞っていた。
それが夕べの雨で流されたのだ。
川底が透き通って見え、時々何かが跳ねた。

「早く!流星!」

のぞみは最近女子が履いているだらっとした
靴下を脱いで、川に入った。

「滑るなよ」
「大丈夫!」

僕はズボンの裾を捲ることや、濡れた足を
拭くことが面倒くさくて、ギリギリの場所に
座ってのぞみを見ていた。

「…流星、お父さんみたい」
「へ?お父さん?」
「そ。遊んでる子どもを見てる、お父さん」

のぞみはまた川底に目を凝らして、なにかを
捕まえようとしている。

「素手でなんか無理だろ。だいたい、のぞみは網でもすくえたことねーじゃん」
「だってもう子どもじゃないもん。できそう」

子どもを見守るお父さん…なのか?

「両方から攻めるんだよ、こういうのは。のぞみ、あっちから追ってみな」

僕はズボンを雑に捲り上げて、川下から
水の中に足を入れた。
ぬるくて、全然涼しくなんかならなさそうだ。

「そーっとな、…静かに…!」

オイカワの稚魚が、手の中に入ってきた。
小さな銀色をしたメダカくらいの稚魚が、
僕の手に掬われたことも知らずに、少し動きを
止めた。

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