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20年 あなたと歩いた時間

第12章 君が生きた日々

「進化し続けて、どうなるんだろ。例えば治らなかった病気が治る病気になって、失われた手足が元に戻るようになって、人間の中から死に対する恐怖とか哲学がなくなったら、人間は幸せになるかな」
「大切な人を、亡くさなくて済むなら、幸せじゃない…?」
「生きている人にとっては、だよ。それは」
「医療の進化によって命をつなぐことができた人も、幸せじゃないの?」
「…また別の不安が生まれるかもしれない」
「別の?」
「再発の不安とか、遺伝の心配とか」
「流星の話、難しくてわかんない」

のぞみは料理の手をとめて僕を見た。
僕はすぐに気付いた。
いま、無意識にのぞみを傷付けていた。
のぞみにとって、お母さんのことは、まだ
過去になっていないのだ。

「ごめん。…前にもこんなこと、あったよな」
「蝉の話…」
「うん」

やっぱり。のぞみはこういう話題に
敏感なんだ。
じゃあ僕が、例えば医者になりたいと言ったら
どう思うだろう。
のぞみが、お母さんを亡くしたあの夏から、
のぞみは自分の中からその恐怖を
排除しようとしていることに対して、
僕は立ち向かおうとしていることを知ったら。
あの時共有した、治らない病気という存在に
立ち向かう医者に僕はなりたいと
思い始めたことに。
僕がいま読んでいるもう一冊の本のことは、
のぞみには言えなかった。
それはのぞみのお母さんの主治医だった
十河先生が書いた、再生医療についての
本だった。

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