テキストサイズ

20年 あなたと歩いた時間

第12章 君が生きた日々

のぞみは冷蔵庫を開けて、何作ろうかな、と
言った。
僕のうちは両親が働いていて、僕ら姉弟が
高校生になってからは、家事のほとんどを
姉ちゃんと僕が分担してやってきた。
自然と、そういう決まりができていた。
姉ちゃんも僕も、大学には行きたい。
そのことでこの先面倒をかけたりするだろう。
だからできることはしたい。

「この本さ」
「ん?」

のぞみは野菜を刻む手を止めないで
返事をした。

「知的障害のある主人公が、知能を向上させる手術の臨床実験の被験者になる話なんだ」
「ふうん」
「これ、アメリカで書かれたのが30年以上前でさ。こんなこと、本当にできるのかな…」
「本当なら私、もっと頭よくなりたいかも」
「けどさ、うーん、それなりに違う悩みも出てくるんだよ。きっと」

のぞみが振り返って、二度見した。

「原書!?」
「陽子叔母さんが送ってくれたんだ。もちろん、翻訳も一緒に読んでるけど」
「アメリカでお医者さんしてる叔母さんね」
「そう。でさ、面白いんだ。あ、これ主人公の一人称で書かれてるんだけど、最初は文法も単語のスペルも間違いだらけなんだ。でも主人公の知能が上がるにつれて、内容が難しくなってく。なんかそれが切ないんだよな…」

主人公のチャーリーが、高い知能と引き換えに
何かを失っていく気がして…。

「知らないほうがいいことって、いっぱいあるんだろうね」

のぞみが意味ありげに言ったので、
僕は少し身構えた。
それはこちらにやましいことがあるから
そう思えるのだけれど。
今の場合は、のぞみが単純に僕が読んでいる
本のあらすじに対する意見で…。

「医療ってさ…」

何となく、その分野はのぞみとは積極的に
話さなかった。
僕は自分の病気について話したくなかったし、
のぞみは自分の母親を奪った遺伝性の病気には
触れたくなかった。
だけど、僕らの内側ではあの夏からずっと
渦巻いている。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ