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20年 あなたと歩いた時間

第12章 君が生きた日々

早く言えよ、小野塚流星!
冷静を装って自分を鼓舞していると、
もう一人の掃除当番らしき男がのぞみに
話しかけた。顔をあげたのぞみが、ふと耳に
髪をかけた時、のぞみの唇がいつもより淡い
ピンク色をしていることに気づいた。
それは今まで僕が見たことのない
のぞみだった。
ずっとのぞみを近くで見てきたけれど、
こんなに女の子らしい表情を見たことが
なかった。
日誌は書いておくからと答えたのぞみに、
その男は礼を言って帰って行った。
知ってる。あいつ、めっちゃモテるんだよなと
要が言ってた奴だ。
のぞみは掃除を終えて教室に入った。
僕は、何も考えずにのぞみを呼び止めた。
机に置いた、鞄に掛けたのぞみの手が
止まった。

「なんで、避けてんの?」

考えていたうちの、どれでもない言葉が出た。
びっくりするほど、冷たい声だ。

「避けてないよ」

のぞみは振り返ったのに、
僕の方を見ていなかった。
季節外れのさくらの花びらのような唇が、
震えているような気がした。
気がつくと、僕は近くの机を思い切り
蹴飛ばしていた。
散らばり出た誰かの本や文房具も片付けずに
僕はその場を離れた。
最低だ。
階段を駆け降りながら、痛いほど自分の唇を
噛んだ。
僕は本心ではないことを言って
のぞみの気を引こうとした自分を呪った。
卑怯な駆け引きをしようとしたのは、僕だ。
これじゃ、紺野のことを苦手だなんて
言う資格はない。
紺野よりもずっと姑息だ。
だって紺野は、僕に気持ちをぶつけてきた。
その上で僕の気を引こうとした。
なんで、僕は変な自信を持っていたのだろう。
のぞみも僕を好きだという根拠のない自信。
のぞみにも、好きな奴くらいいるのかも
しれないと、なぜ考えなかったのだろう。
例えば、さっきの掃除当番の男。
きっとそうだ。
だからのぞみはあんなにかわいい表情を
して答えていたのだ。
自転車置き場まで思い切り走り、
前カゴに鞄を突っ込むと、
そのまま要と約束している公園めざして
全力で自転車をこいだ。
9月の西日がまぶしくて、眉間が痛い。
まぶしくて、目を細めたら涙があふれた。
好きなのは自分だけで、
今までののぞみの言動は全部思い過ごしだと
気づいた自分が悔しかった。

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