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20年 あなたと歩いた時間

第12章 君が生きた日々

僕が勘違いするには十分な一言を、
君はいとも簡単に発する。
どうしてそんなにも直球でぶつかって
くるんだ?
だから僕はいつも、理性を失いそうになる。
なけなしの理性をかき集めて、僕はもう一度
単語帳に集中した、

「ねえ流星。合格したら、真っ先に何したい?」

またのぞみが質問してきた。
多分、僕が黙ってしまったから、
気にしている。

「…何だろ。本、読みたいかな。松井に借りた本がいっぱいあるんだ。のぞみは?」
「私はねー…」

のぞみがテーブルから離れて床に後ろ手を
ついた。
顔を上げると、伸びた髪が背中で揺れた。

「…流星とふたりで、行ったことのない場所に行きたい…」

のぞみは視線だけをこちらに向けて、
半分の笑顔でそう言った。
まるで、かなわない夢を語るような口調で。
今の僕らにとって、行ったことのない
場所なんてめちゃくちゃいっぱいある。
むしろ、行ったことのある場所の方が
少ない。
電車に乗って少し街に出れば、そこはもう
『行ったことのない場所』で、
簡単に行けるのに、のぞみは現実離れした
ことを話すように言った。

「行こう。どこか遠く。日帰りできるところで、できるだけ遠くまで」

僕はなぜか、のぞみの小さな願望を
どうしてもかなえたくて、必死でそう言った。
好きな子のために何かをしようとすることで
自分を未来に存在させたかった。
明日でも、明後日でもいい。
でも、なるべく遠い未来がいい。
手始めに、高校に合格したらのぞみを遠くに
連れていく。
のぞみは、僕の方を向いて笑った。
少し、ふんわりとした笑顔だった。
僕の機嫌が悪くないのを確認して、
安心したような笑顔だった。


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