テキストサイズ

20年 あなたと歩いた時間

第11章 手探りの日々

「…小野塚流星ってやつだった。全部、勝ち逃げされたよ。でも、もう勝てない」

オッサンは確かに言った。
黙々とストレッチをしていた僕の動きが
止まった。小野塚流星、って言ったよな。

「…父さんだよ」
「え?」

オッサンが持っていたグローブが、
バサッと音を立ててゴムのトラックの上に
落ちた。

「小野塚流星は僕の父親」
「…本当か」
「本当だよ。顔、似てね?冗談でそんなこと言えるかよ」

よく見えるように、右手で前髪を上げて
額を全開にしてやった。
オッサンはなにも言えずに立ちすくんでいる。
なんか、性格わる。

「そうか。…流星の…」
「勝ち逃げ、されたんだ?そんな性格悪かったんだ。じゃあ、僕の性格は父親譲りだな」

少しの罪悪感が、そんなことを言わせた。

「そんなことないさ。いいやつだったし、それ以上にめちゃめちゃ速かった。あー、才能ってこういうことなんだ、って思ったよ。かなわない、ってね。流星みたいなやつがいたから頑張れたし、しがみつくこともなかった」

わかる。一瞬で人を惹きつけられる走りって
努力しても手に入るものではない。

「ありがとうございました。父のこと、教えてくれて」

僕はボディバッグを斜め掛けして、
イヤホンを耳に突っ込んだ。
全然感謝なんて感じられない口調。
多分、無表情なイマドキのガキだと
思われてるだろう。
背中に受ける照明が徐々に弱まって、
僕はだんだん暗闇に進んでいく。
何も、見えない。
流星、何か言えよ。
おまえの故郷で暮らすってことは、
こういうことなんだな。
少しずつ、流星の生きた痕跡が見えてくる。モノクロだった想像の中の世界に、
少しずつ色がつきはじめる。
会いたい。小野塚流星に。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ