テキストサイズ

変人を好きになりました

第18章 本当の故郷

「それより古都さん、記憶がないのに同じ味の料理を作れたのはどうしてだ?」


 クロタキさんの黒い瞳が光った。薄い唇が小さく開かれる。

「ノートがあったんです。おばあちゃんのレシピが書かれたものが。たぶん祖母の書置きだったと思うんですけど、その通りに作って同じ味ならクロタキさんの知っている私もそのノートを見て料理をしていたんだと」

 クロタキさんの知っている私。変な言い回しだけど本当のことだ。


 祖母の文字は筆ですらすらと書かれていて、なんとレシピだというのに縦書きだった。砂糖小さじ二杯、醤油大さじ三杯と書かれているものを解読するのにも結構な時間がかかるくらい祖母の字は達筆だった。

 そういえば、小さい頃のお年玉袋に書かれた字もこんなだった。読めない私は父に読んでもらっていた。そこには『古都へ ばばより』としか書かれていなかったのを思い出す。
 膝の上に置いた祖母のノートを両手でしっかりと握った。


 おばあちゃんに会いたい気持ちが久しぶりに溢れてくる。



 会えるはずないのに。




「そうか」
 クロタキさんは気を遣ってくれたのかそれ以上は聞こうとしなかった。


「クロタキさんのご家族のこと聞いてもいいですか?」
「ああ。父も母も元気だ。祖父母もまだぴんぴんしてる」
 その言葉に温かいものがまじっていて私もなぜか嬉しくなってくる。

「どんなご両親なんですか?」
「父は僕と同じ研究者、母は昔メディアに出てたけど、今は父についてニューヨーク暮らしをしてる」

「もしかして、元モデルさんとか?」
 それならクロタキさんのこの美貌も納得だ。

「元と言ったら怒られるな。今もまだ諦めの悪いことに細々と活動している」

 華やかなクロタキさんの家族を思い浮かべて口元を緩める。
 誰もが憧れるような家族だろう。家族の話をするクロタキさんの表情も柔らかい。

「ご兄弟は?」
「弟が一人。ボストンで勉強している」
「へえ。なんか意外です。クロタキさんと似てますか?」

「さあ。自分では何とも」

 弟に興味があるのかないのか、照れ隠しなのか素っ気なく答えるクロタキさんを見て私は笑い声を漏らした。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ