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側にいられるだけで④【牡丹の花の咲く頃には】

第3章 旅立ち

「ああ、この髪。いやだ、風が強くて、こんな風になってしまったの」
 キョンシルもまた俄に現(うつつ)に戻り、紅くなった。更に頬が上気している。 
 どうも、互いに無意識の仕草だったようだ。二人ともに現に戻った今、嫌が上にも先刻、二人の間で繰り広げられた扇情的な瞬間を意識せずにはいられない。
 トスは狼狽えたように手のひらをすり合わせ、組んで握りしめた。かすかに強ばった面の底に、いつにない感情の揺れがほの見えていた。こんなトスは珍しい。母の死のときでさえ、これほど感情を波立てはしなかった。
 いや、心は絶望と哀しみに揺れていたに相違ないが、少なくとも表には現れなかった。
 トスはひと度眼を閉じ、小さく胸を喘がせた。自らの心を落ち着かせているかのようにも見える。

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