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『春がすみ(春霞)』

第1章 春がすみ…

 2

「うん、よしっ」
 花を添え、水向けし、線香を焚き、手を合わせ、そう呟き…
「さ、帰りましょう…」
 義姉は、また石畳をヒールを鳴らし、先を歩いていく。

「そうだ、そうだったわ…」
 すると不意に振り向き…
「あのね、母がね、美春の写真が欲しいんだって…」
「写真…ですか?」
「うん、お母さん先月から施設に入ったでしょう、だから写真を飾りたいんだってぇ」

「はぁ…」
 その義理の母親は…
 シングルマザーとして妻美春と、義姉の千秋の二人を育て、そして、先月、70歳の古稀を機に介護施設に入居した。

「でね、最新の写真が欲しいんだってさぁ」
 そう明るく言ってくるが、それはつまりは、亡くなる直前の写真という意味。

「少しは、あるんでしょう?」
 確か、旅行の写真があった…
「はい」
 頷くと…
「じゃぁさぁ、今から寄っていい?」
「あ…」
「じゃ、行こう」
 義姉はそう言うや否や、俺の手を取り、引っ張る様に歩いていく。

 それは、問い掛けではなく、有無を云わさぬ連行といえた…
 

「あらぁ、意外にキレイじゃん…」
 義姉は玄関に入るなりそう言い、ヒールを脱ぎ…
「あぁ、なんだか、予想外に暑くてさぁ、蒸れちゃったわぁ」
 と、黒いストッキングの爪先に触れながら…
「えと、あ、スリッパなんて無いかぁ…」
 そう呟きながら、さっさとリビングへと向かう。

「へぇ、なんか、荒んだ生活してるんかと思ってとら、綺麗に掃除もしてるのねぇ」
 リビングのソファに座り、キョロキョロと周りを見渡す。

『荒んだ生活…』
 それは、あまりにも突然な、妻の交通事故死というショックに打ちひしがれていた、俺自身の当時の様子。

「あ、え…あ、はい…なんとか………」
 実際は、立ち直れたのは、いや、ようやく妻の死の現実を呑み込めたのは、まだ、僅か前ではあったのだが…

「もお、あの頃はさぁ、ホント、一也くんをまともに見れなかったしねぇ…
 それに、ちょうどわたしもさぁ、色々あってさぁ…」
 義姉はサッと立ち上がり、そう言いながら冷蔵庫を開け…
「あら……」
 空っぽの冷蔵庫を見て、ドアを閉めた。

「喉が乾いちゃったのよ…ね」
「し、下のコンビニで、か、買ってきますよ」
 そう、このマンションの地階には、コンビニが入居しているのだ。

「じゃ、冷たいお茶お願いね…」


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