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幸せな報復

第23章 田所恵美と後ろのエルザの出現

 恵美は東響大学を次席で卒業した。
 首席は畑野浩志。
 本来なら、恵美が首席になるはずだった。
 だが彼女は、意図的に一歩引いた。
 浩志の隣に立つなら、少しだけ控えめなほうがいい。
 男というものは、少し頼られたほうが心地よく動く――。
 そんな考えが、いつの間にか彼女の中に芽生えていた。
 その頃の恵美は、まだ気付いていない。
 それが、もう一人の人格――エルザの影響であることを。
 浩志と初めて出会ったのは入学式だった。 大勢の新入生の中で、なぜか彼だけが目に入った。
「……なに、この感じ……」
 胸の奥が妙に落ち着かない。
 気付けば、彼の姿を目で追っていた。
 「うそ……。わたし、誰かを見てる……?」
 自分でも理解できなかった。
 これまで、異性に興味を持ったことなど一度もなかったからだ。
「恵美? どうしたの?」
 隣にいた女子学生が不思議そうに覗き込む。
 「え? う、ううん。何でもない」
 慌てて視線を逸らした。
 だが、そのあとも浩志の姿が気になって仕方なかった。
 恵美は母親譲りの美貌を持っていた。
 街を歩けば、誰もが振り返る。
 母娘で並んで歩く姿は、まるで浮世絵の美人画のようだと噂されたほどだった。
 高校時代の彼女は、まさに学園のアイドルだった。
 男女問わず人気があり、常に人に囲まれていた。
 だが、その人気は時に息苦しさにも変わる。 誰かが彼女に告白すれば、その噂は瞬く間に学校中へ広がる。
 周囲の嫉妬や干渉によって、関係は自然と壊れていった。
 しかし、それだけが理由ではない。
 恵美自身、人間の異性にまったく興味がなかったのだ。
 恋愛感情そのものを知らなかった。
 十八歳になっても、初恋すらなかった。  それは、彼女の生まれ育った環境に原因があった。
 けだもの族の集落では、成人したメスたちが家族を形成する。
 彼女たちは幼少期、人間の男の子を見ることなく育つ。
 恵美にとって“異性”とは、どこか現実感のない存在だった。
 だからこそ――。

入学式の日、浩志を見た瞬間に芽生えた感情は、彼女自身にも理解できないものだった。

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