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Tears【涙】~神さまのくれた赤ん坊~

第9章 ♦RoundⅧ(溺れる身体、心~罠~)♦

「ああ、確か君はそんなようなことを言っていたな。あのときは君から聞いた話―妊娠のことがあまりにショックで、実は自分が何を話して何を聞いたのさえ、憶えていないんだ」
「酷いわ。私の告白をろくに憶えてもいないのね」
 冗談めかして微笑みかけ、逆に、かつて見たことがないほど真摯なまなざしを向けられた。
「なら、遅くはないのか? 俺たちはまだ、あの瞬間―二十三年前に戻って、やり直せるのか?」
 今度は有喜菜が沈黙する番だった。
「それは、あなた次第よ」
 口にはしなかったが、〝紗英を棄てられるの?〟という言葉を飲み込む。
 直輝が昔を懐かしむ口調で言った。
「あの頃、俺は本当に君に惚れていた」
 今、初めて耳にする心情の吐露に、有喜菜は問い返さずにはいられなかった。
「何で、紗英の告白を受け容れたの?」
「それは―」

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