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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第2章 縁(えにし)~もう一つの出逢い~

 その日を境に、桃華・林明と香花との間には一切の隔てがなくなった。女官を狭い鳥籠に閉じ込めるのは間違っている―、そう言い切ったときの桃華の表情は確かに明善に似ていた。それまで明善にはあまり似ていないと思い込んでいたはずなのに、あの一瞬、流石はあの男(ひと)の血を引く娘だと思った。何より学ぶときの真摯なまなざしは、明善そのものだ。
 桃華はよりいっそう勉学に打ち込み、林明も子どもらしい無邪気な言動で香花を思わず微笑ませた。
 明善は林明と香花との間に起こったことをすべて桃華から聞いたようだが、約束どおり、一切口にしない。
 すべてが順調にいっているように見えたある夜。
 夜半、香花は喉の渇きを憶えて目ざめた。夕飯はいつも自室で一人食べることになっている。子どもたちの勉強は午前中で済ませてしまうので、実のところ、香花は昼からはやることはないのだ。しかし、身体を動かすのが好きな彼女は女中のソンジョルの仕事を手伝い、厨房で煮炊きをしたり、繕い物をしたり、時には洗濯までして、
―そんなことまで先生におさせしてしまったら、私が旦那さまに怒られますですよ。
 と、ソンジョルを困惑させる始末である。
 夕餉を済ませた後は、いよいよ暇になるのだが、そんなときは、桃華が部屋に遊びにきたり、逆に香花が桃華を訪ねたりする。
 その夜も桃華がいつものように遊びにきて、香花は桃華に教えながら、二人で一緒にそれぞれ刺繍をして過ごした。
 それでも夜は長い。桃華をいつまでも引き止めて置くわけにはゆかず、桃華が〝おやすみなさい〟を言って引き上げた後は、更に一人で読書をして時間を費やす。そうやって、やっと寝床に潜り込んだにも拘わらず、ほんの一刻微睡んだだけで、もう目ざめてしまった。

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