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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第13章 十六夜の悲劇

 宋与徹はかつて都に暮らしていたことがあった。今は無位無冠だが、当時はちゃんと任官もしていた。しかし、一度だけ不正をしたのが上司に露見し、職を解かれた上に都から追放の処分を受けたのである。長年に渡って真面目に勤めてきたことが認められ、家門そのものは存続が許され、与徹自体も追放だけで済んだのは、ひとえに国王殿下の温情によるものであった。
 都にいた頃、与徹は〝義賊光王〟の噂を嫌になるほど耳にした。貧しい民を虐げ搾取する王侯貴族の屋敷にまんまと忍び入り、お宝を盗み出す天下の大盗賊は民衆から神仏のごとく崇められていた。その素顔は誰も見たことがないというが、絶世の美男とも噂される天下の大義賊、それが光王だ。
 また〝光王〟は名うての暗殺者でもあり、身に憶えのある両班たちは皆、夜毎、今度はいつ自分が殺られるか―と戦々恐々としたものだ。もっとも、都にいた時分、与徹は小役人で、たいした悪事に手を染めてはいなかった。ゆえに、〝光王〟を怖れる必要はなかったのだ。

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