テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第11章 謎の女

 景福とミリョンが帰った後、香花は自分の部屋に戻った。光王は壁に背をもたせかけ、長い両脚を床に投げ出したまま、眼を瞑っていた。眠っているのかどうか判らなかったため、そっとしておいたのだ。
 香花は窓辺に置いた文机の前に座る。小さな机の上には一輪挿しが無造作にのっていた。昨日の朝、光王が摘んだ道端の花が挿してある。
 香花は一輪の花を見つめる。花が可哀想だと言ったら、帰ってきてから、光王が自分で一輪挿しに活けたのだ。
―野郎の部屋に置いといても、かえって花が可哀想だからな。
 と、香花の室に持ってきたのだ。
 香花は視線を動かし、空を見上げる。
 いつしか夜の色にすっかり染まった空に爪の先のような細い月が危うげに掛かっていた。
 先刻の光王の愕いた貌を思い出すまいとしても、思い出してしまう。
 ミリョンを見たときの、あの愕きに満ちた表情。香花が知る限り、いつでも冷静沈着な彼があそこまで動揺を見せたことはないのだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ