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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第9章 燕の歌

 香花は走った。途中で何度も転び、それでも立ち上がって走った。靴が脱げたので、靴は放り出して裸足で走り続ける。砂利道のこととて、白い素足は傷つき、血が滲んでくるが、そんなことに構ってはいられない。
 後を追ってきて見かねた光王が隣家から荷馬車を借りてきて、香花を乗せて町まで走らせてくれた。
 それでも既に町に着いたときには、かなりの時間が経っていた。
 はるか手前に使道の屋敷が見えてきた時、香花は息を呑んだ。
 使道の屋敷が燃えていた。
 真っ赤な焔の華が今、広壮な屋敷をすっぽりと包み込み、怖ろしいほどの勢いで燃えている。
「香花、危ないだろッ」
 光王が止めるのもきかず、香花は馬車から飛び降り、裸足で走り出した。光王が舌打ちする音が聞こえて、荷馬車は夢中で走り続ける香花と併走するように速度を落として走った。
 燃え盛る焔に包まれた屋敷を遠巻きにして近隣の人々が眺めている。その中からは〝ついに仏罰が当たったに違えねえ〟などと潜めた囁きが洩れ聞こえる。
 香花は屋敷の前で立ち止まり、涙ぐんで今にも焼け落ちようとする屋敷を見上げた。

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