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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第5章 永遠の別離

 桃華と林明が女将に連れられて座敷に行った後、光王がずいと身を乗り出してきた。知らない人が見れば、二人が恋人同士か夫婦だと勘違いするほどの至近距離だ。
 膝頭が触れそうな場所に迫ってきた光王から、香花は本能的に身を退いた。
 嫌が上にも、昨夜のおぞましい記憶が甦る。
 三人の男に力ずくで押さえ込まれ、陵辱されそうになったあの出来事は、香花の心に拭い去りがたい傷を与えていた。
 大きな手のひらが肩に乗せられた。
 ピクリと、華奢な身体が跳ねた。
「―どうした? 気分でも悪いのか」
 気遣わしげな声。
 香花は小さく震えながら、また後方へと身を退く。
「手、放して欲しいの」
 辛うじて言うと、光王が怪訝な表情で手をひっこめた。
「お前―、何かあったのか?」
 心配そうに問われても、何も応えられない。三人がかりで男に乱暴されそうになっただなんて、そんな屈辱、口に出せるはずがない。
 光王がスと手を伸ばし、香花の手を握った。咄嗟に香花は大きな手から自分の手を引き抜いた。
「いやー!」
 そのあまりの狼狽え様、怯え様は尋常ではない。香花は高熱に浮かされているように烈しく身を震わせ、蒼褪めていた。
 彼が香花の反応を見るために、わざと手を握ったのだと知るはずもない。
 光王の眼がわずかに眇められた。
「男だな。―乱暴されたのか?」
 香花が大きな眼を見張った。
「まさか、違うわ。違うに決まってるじゃない。何もあるわけないでしょう」
 その取り乱しぶりが何よりの肯定だとも知らぬまま、香花はムキになって首を振り続けた。

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