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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第6章 第二話・其の弐

「孝太郎どのが市井の女、しかも長屋住まいの娘を娶ったと聞き、一体、どのような女かと愉しみにしていたんだ。まあ、徳川御三家の筆頭尾張徳川家の嫡子ゆえ、随分と様々な方面から縁談も参っていたようだしな。花嫁候補並いる姫君たちを押しのけて見事に尾張藩主のご簾中の座に納まった娘、いかほどのものかとあれこれ想像を逞しくしていたのだが」
 俊昭は値踏みするような眼でしげしげと美空を眺め回した挙げ句、満足げな表情で頷いた。
「度胸も眉目もなかなかのものだ。孝太郎どのは昔から私と違って女には興味なぞないように見えて、実は存外に女には手が早かっのだな。しかし、女を見る眼だけはあるようだ。
あやつめ、堅物ぶりおって、実はむっつり助平という奴だったのだな」
「―むっ、むっつりす―」
 市井で育った美空でさえ、口にするのははばかられるような下品な言葉をさらりと言う。その御曹子は一体、何者なのだろう。
 見た目は女と見れば手当たり次第に声をかけて口説く女たらし、つまり軽薄そうな尻軽男に見えるけれど、存外、その双眸は油断なく鋭い光を放っている。
 何の意図があって、突如として美空の前に現れたのか。と、美空の心を見透かすかのように、俊昭がニヤリと口の端を引き上げた。
「残念ながら、私は、孝太郎どのに含むところはない。ただ、美女と巷で噂される女と聞くと、血が騒ぐ質なのだよ。今日、ここに来たのも、孝太郎どのが家老の碓井主膳の猛反対を押し切ってまで妻に迎えたという女の顔を見たかったからまでのこと。何しろ、孝太郎どのは、思慮深く大人しい人物で通っていたゆえな。まさか、ごり押しをしてまで妻にするほど惚れた女がいるとは誰も思いもしなかっただろう。私の父などはそれこそ、孝太郎どのの結婚を聞いて、口から泡を吹かんばかりに愕いていた」
 俊昭はそのときのことを思い出したのか、さも愉快そうに声を上げて笑った。
「で、これからが本題だが」
 と、真正面から見つめ。
「どうだ、俺の女にならないか」
 これもまた、今日の天気の話でもするように何でもない調子で言う。
 ひとときの沈黙の後、美空は呆れながら言った。全く、この男には初対面から度肝を抜かれっ放しである。

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