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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第11章 第三話〝花笑み~はなえみ~〟・其の参

 孝太郎は礼状を添え、房道から借り受けた数冊の書物をすべて近衛家に返却した。
「房道どのは、俺が蔵書を返すまで、ずっと待っていてくれた。一度として返せとせかしたことはなかった。俺が今、こうしていられるのも房道どののお陰によるところが大きいだろうな」
 房道と出逢ってからの孝俊は、確かに変わった。積極的に何でも学ぼうとし、外の世界に自ら拘わってゆこうとするようになった。
 孝俊は昔を懐かしむような口調で話す。
「そうですか、それゆえ、殿が関白さまに私の父君になって頂ければと、思し召したのですね」
「そうだな、俺にとって房道どのは父とも兄とも尊敬する御仁だ。だからこそ、そなたの父代わりになって頂きたいと思うたのだ。それに、房道どのは、先刻も申したように旧弊な考えの持ち主ではない。あのお方であれば、そなたの身許がどうだとか煩いことを言わず、快く養父の話を引き受けて下されると思うた」
 孝俊の表情は嬉しげだ。良人のこんな晴れやかな顔を見るのは、久しぶりのような気がする。
 二人は枕辺に座り、夜着姿で向かい合っている。こうしていると、この半年間に二人の間に起こった様々な出来事も夢のように思える。
 孝俊がつと立ち上がり、障子戸を細く開いた。細い月が庭の白梅をひそやかに照らし出している。冷たさを孕んだ夜風に乗って、梅の香が部屋にまで流れ込んできた。
 満開の白梅が夜陰にほの白く浮かび上がっている。
 孝俊が梅を見上げながら言った。
「済まぬ」
 その短いひと言は、美空の心の奥底にまで届き、ゆっくりとひろがる。凍てついた美空の心を春の陽光のようにやわらかく溶かした。

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