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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第2章 もみじあおいの庭

 視線を上げると、文龍の真摯なまなざしがこちらに向けられている。
―やっぱり、この男(ひと)に嘘はつけない。
 たとえ、文龍に余計な心配をかけることになったとしても、ここまで言われて真実を打ち明けないわけにはゆかなかった。
 それに、彼の言うとおり、凛花が今、直面している葛藤は、文龍と二人で築いてゆくはずの未来に大いに影響するかもしれないのだ。
 文龍が近づいてきたかと思うと、どっかりと腰を下ろす。上体を前にかがめ、自分の膝に肘をついた。
 至近距離でしげしげと見つめられ、凛花の白い頬が染まる。
「あ、あの」
 幾ら何でも、この距離は少し近すぎはしないか。そう思っても、緊張のあまり声が出ない。心ノ臓がトクトクと脈打って、この静けさでは文龍に煩く跳ねる鼓動を聞かれてしまうのではないと思うほどだ。
「良いから、言ってごらん」
 文龍が促すと、凛花は勇気を振り絞るかのように胸の辺りを右手で押さえ、紅を乗せた唇を開く。
「半月ほど前のことになります」
 凛花は九月の半ば頃、ナヨンと二人で漢陽の町に出かけた日の出来事から語り始めた。
 常のように、文龍は凛花の話に静かに耳を傾けている。凛花はこれまでのあの男との拘わりを順を追って話していった。もちろん、あの右議政の息子だという嫌な男と二度目に逢ったときのことも包み隠さず打ち明ける。
「つまり、あやつは凛花にもちょっかいを出していたわけだ」
 文龍が唇を噛み、悔しげな表情を浮かべた。
「確か右相(ウサン)大(テー)監(ガン)の息子だと名乗っていましたが」
 凛花が言い添えると、文龍は頷いた。
「その言葉に嘘はない。現在の右議政朴真善どのの嫡男、朴直善だ」
 凛花も顔を曇らせる。
「仮にも右相大監の嫡子たるお方が町の酒場でごろつきのように暴れていたのです。ナヨンには止められましたけれど、私、どうしても見過ごしにはできませんでした。酒場の女将があまりにも気の毒で」
「そなたは何も間違ったことはしていない」
 文龍の男らしい声が降ってきて、凛花はハッと顔を上げた。
 文龍の優しいまなざしに思わず頬が熱くなる。

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