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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第9章 生まれ変わる瞬間

 夢を、見ていた。
 凛花は夢の中で走っている。
 懸命に手脚を動かし前へ進もうとしているのに、何故か少しも前に進まない。
 早く、早く逃げなければ、怖ろしい鬼に捕まってしまう。もし鬼に囚われたら、頭から丸ごと食べられるのだ。
 凛花は純白の夜着を纏っているが、それはまるで喪服か死人が着る死人装束のようでもあった。
 凛花は走りながら、脚許を見下ろす。どうやら、そこは玻璃湖らしい。玻璃湖は一昨日、インスと見たときと全く代わらぬ姿だ。見渡す限り氷の湖と化し、地平線ははるか彼方にある。
 喪服姿の凛花は今、凍った玻璃湖の上を走っているのだ。
 早く、早く、逃げなければ。
 焦る凛花を嘲笑うかのように、背後からシュウシュウという怖ろしげな音が響いてくる。
 凛花は恐る恐る背後を振り返り、絶叫した。
 凛花の背丈よりも大きな蛇がとぐろを巻いている。緑色の体が所々、不気味に光っているのは銀の鱗が表皮を覆っているからだ。
 蛇の口は大きく裂けており、奥から紅い舌がチロチロと覗いている。チロチロと蠢く舌が長く伸びたり引っ込んだりするのも不気味だ。
―ああ、私は、あの蛇に喰われてしまうの?
 そう思うと、あまりの絶望と恐怖に泣きたい気分になった。
 その時。
 少し前方に誰かが立っているのが見えた。
 一体、あれは誰だろう。眼をまたたかせると、次第に曖昧だった視界がはっきりとしてきた。
 眼前に佇む人影を認めた瞬間、凛花は叫んだ。
―インスっ。お願い、助けて!!
 だが、インスは頷きもせずに、ただ擬然と立ち尽くしているだけだ。その表情からは、何を考えているのか読み取れない。
―インス!!
 凛花が呼ぶと、インスはやっと微笑し、両腕を伸ばしてきた。
 かすかな希望に勇気を与えられ、凛花はその差しのべられた手に縋ろうとする。
 だが。
 その途端、無情にも脚許でメリメリという音が聞こえ始めた。

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