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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第9章 生まれ変わる瞬間

 まあ、酒色に溺れる腰抜け両班の県監を相手にするには、剣をふるうまでもないだろう。
 凛花は覚悟を決めると、深呼吸した。
 脚音は、もうすぐ後ろまで迫っている。これから県監との真の闘いが始まるのだ。
 次の瞬間、凛花は後ろから羽交い締めにされた。何の抵抗もしないのはまずいので、手脚を振り回して暴れる。もちろん、ほんの見せかけだ。
 相手は逞しい男らしく、凛花は易々と組み伏せられ、猿轡をかまされた。次いで後ろ手に縛られ、両脚まで拘束された挙げ句、大きな袋に放り込まれる。袋ごと荷物のように担ぎ上げられ、荷車に乗せられるのが判った。
 今はただ、なりゆきに身を任せるしかない。
 凛花は狭苦しい袋の中で身体を丸め、小さな吐息を吐いた。
 ゆく先はもちろん、県監の屋敷だと知っている。我ながら大胆というか怖れ知らずというか、真っ暗な袋の中で身を縮めている中に、凛花はうつらうつらと浅い微睡みにたゆたい始めた。荷車の車輪が規則正しい音を立てて回っている。その音を聞いている間に、凛花はいつしか本格的な眠りに落ちていった。

「まあ、呑気な娘(こ)ね。すっかり眠りこけてるわ」
「大抵の娘はここに連れてこられたときは、泣いたり暴れたりしていたものですけれど。銀(ウン)女(ニヨ)さま、もしかして、この子、頭が少しイカレてるんでしょうか?」
「これだけの器量良しですもの。天が二物を与えてはならないと、もしかしたら、頭の方は子ども並みに遅れているのかもしれないわね」
 話し声が耳を打ち、凛花はうっすらと眼を開けた。意識が深い水底から急速に浮上してくるように、眠りから覚めてゆく。
 それにしても、失礼な侍女たちだ。凛花が頭がイカレているだなんて。
 凛花は内心で憤慨していたけれど、考えてみれば、彼女たちの思考は無理もない話だ。若い娘がいきなり攫われたというのに、尋常でない状況で爆睡していては呆れられるか怪しまれるかのどちらかに違いない。
 何しろ、二人は凛花がわざと県監の差し向けた者に捕まりやすいように、人気のない時間に人気のない場所を歩いていたのを知らないのだ。
 その点は迂闊であった。これからはもう少し用心した方が良いかもしれない。

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