
胡蝶の夢~私の最愛~⑪【夢路・ゆめじ】
第32章 変化(へんげ)
が、気性は至って明るく話し好きで、面倒見も良い。姐御膚なところから、多くの朋輩たちに慕われていた。現在のところ、心許せる者とておらぬ屋敷内でただ一人、信頼できるのがこの腰元の美倻であった。
「ご用にございますか」
呼ぶと、すぐに襖越しにいらえが返った。
泉水は急いで懐剣を厨子に納め、違い棚に戻す。
「外が騒がしいようじゃが、いかがしたのであろうか」
問うてみると、外側から細く襖が開き、美倻が顔を覗かせる。
「さようにございますね」
と、廊下で今度はひとはわ大きな悲鳴が響き、それに泣き声が混じった。
泉水と美倻はどちらからともなく顔を見合わせる。
「どうやら、ただ事ではないようじゃな」
泉水が呟くと、美倻が頷き、立ち上がった。
「私が少し見て参りましょう」
そう言って出ていったかと思うと、直に戻ってきた。
「一体、何事?」
美倻の顔は心なしか蒼褪めている。
この娘にしては珍しく言いよどむ様子を見せ、それでも思い切った様子で口にした。
「お殿さまが」
たったそのひと言を聞いただけで、嫌な予感がした。と共に、十日前のあの幻の花がありありと瞼に蘇る。〝おいで、おいで〟と囁き、泉水を差し招いていた現ならぬ世界に咲く花。
あれは、泰雅に犯され、無念の中に若い生命を散らした娘の怨念が咲かせた花なのだろうか。今となっては事の真偽を確かめるすべもないけれど、そのような悲劇を二度と繰り返してはならない。
泉水は無意識の中に立ち上がっていた。
「奥方さま?」
美倻の気遣わしげな声が追いかけてくる。
だが、泉水は頓着せずに次の間を横切り、廊下に出た。
そこで泉水が眼にしたものは、思わず眼を背けたくなるような酷い光景であった。
まだ若い―若いというよりは稚さの残る娘が泰雅に背後から抱きすくめられている。娘は腰元ではなく、まだ腰元見習い、つまり、上﨟である高位の奥女中に預けられ、腰元になるべく修業中の者のようであった。
「ご用にございますか」
呼ぶと、すぐに襖越しにいらえが返った。
泉水は急いで懐剣を厨子に納め、違い棚に戻す。
「外が騒がしいようじゃが、いかがしたのであろうか」
問うてみると、外側から細く襖が開き、美倻が顔を覗かせる。
「さようにございますね」
と、廊下で今度はひとはわ大きな悲鳴が響き、それに泣き声が混じった。
泉水と美倻はどちらからともなく顔を見合わせる。
「どうやら、ただ事ではないようじゃな」
泉水が呟くと、美倻が頷き、立ち上がった。
「私が少し見て参りましょう」
そう言って出ていったかと思うと、直に戻ってきた。
「一体、何事?」
美倻の顔は心なしか蒼褪めている。
この娘にしては珍しく言いよどむ様子を見せ、それでも思い切った様子で口にした。
「お殿さまが」
たったそのひと言を聞いただけで、嫌な予感がした。と共に、十日前のあの幻の花がありありと瞼に蘇る。〝おいで、おいで〟と囁き、泉水を差し招いていた現ならぬ世界に咲く花。
あれは、泰雅に犯され、無念の中に若い生命を散らした娘の怨念が咲かせた花なのだろうか。今となっては事の真偽を確かめるすべもないけれど、そのような悲劇を二度と繰り返してはならない。
泉水は無意識の中に立ち上がっていた。
「奥方さま?」
美倻の気遣わしげな声が追いかけてくる。
だが、泉水は頓着せずに次の間を横切り、廊下に出た。
そこで泉水が眼にしたものは、思わず眼を背けたくなるような酷い光景であった。
まだ若い―若いというよりは稚さの残る娘が泰雅に背後から抱きすくめられている。娘は腰元ではなく、まだ腰元見習い、つまり、上﨟である高位の奥女中に預けられ、腰元になるべく修業中の者のようであった。
