
夢のうた~花のように風のように生きて~
第4章 運命の邂逅
徳松との日々は、お千香の傷ついた心身を癒やしてくれた。実のところ、あの日、徳松には出てゆくとは言ったものの、少し身体を動かしただけで身体中に痛みが走り、歩くのさえ覚束ないほどだったのだ。殊に、下半身の痛みは烈しかった。割けた皮膚が悲鳴を上げ、引き攣れたような痛みが始終やわらぐことはなかった。
それでも、日が経つにつれ、その痛みも少しずつ薄らいでゆき、伊東竹善の診立てどおり一ヶ月経つ頃には、ほぼ治まっていた。お千香は、いつしか徳松にひそかな想いを寄せるようになっていた。
徳松の二親は早くに相次いで亡くなったという。両親の死後、徳松はこの裏店に一人住まいをしていた。
毎朝、仕事に出かける徳松を見送り、留守の間に洗濯や掃除を済ませる。いつしか食事だけではなく、それらの雑用もお千香が引き受けて、こなすようになっていた。夕刻、徳松が帰ってくるまでに夕飯の支度を整えておく。そして、帰ってきた徳松と二人で小さな飯台を囲んで、ささやかな夕餉を取るのが常だった。
徳松は優しい、男気のある男であった。約束どおり、お千香に指一本触れることはなく、眠るときでさえ、二人は徳松が古道具屋で買ってきたという小さな衝立を挟んで、布団を敷いた。
そんな中で、いつしか芽生えた信頼は徐々に恋心に変わった。徳松の方は言わずと知れた―、ひとめ惚れであった。お千香を何とかして幸せにしてやりたい、何ものからも守ってやりたいという想いは日々強まるばかりであった。
だが、運命の歯車は再び音を立てて回り始めていた。平穏な日々が終わりを告げようとしていた。
徳松と共に暮らすようになって半年が過ぎようとしていた。暑い夏が終わり、江戸に秋風が立つ季節になっていた。
ある早朝、徳松が仕事に出かける前のひとときであった。お千香がこしらえた心尽くしの弁当を徳松に渡した。
「いつもありがとうよ、お千香ちゃんの卵焼きは美味(うめ)えからなあ。実を言やァ、俺はガキの時分から卵焼きが大の苦手だったんだが、お千香ちゃんの弁当を食べるようになって、好物になっちまったよ」
破顔する徳松に、お千香は微笑んだ。
それでも、日が経つにつれ、その痛みも少しずつ薄らいでゆき、伊東竹善の診立てどおり一ヶ月経つ頃には、ほぼ治まっていた。お千香は、いつしか徳松にひそかな想いを寄せるようになっていた。
徳松の二親は早くに相次いで亡くなったという。両親の死後、徳松はこの裏店に一人住まいをしていた。
毎朝、仕事に出かける徳松を見送り、留守の間に洗濯や掃除を済ませる。いつしか食事だけではなく、それらの雑用もお千香が引き受けて、こなすようになっていた。夕刻、徳松が帰ってくるまでに夕飯の支度を整えておく。そして、帰ってきた徳松と二人で小さな飯台を囲んで、ささやかな夕餉を取るのが常だった。
徳松は優しい、男気のある男であった。約束どおり、お千香に指一本触れることはなく、眠るときでさえ、二人は徳松が古道具屋で買ってきたという小さな衝立を挟んで、布団を敷いた。
そんな中で、いつしか芽生えた信頼は徐々に恋心に変わった。徳松の方は言わずと知れた―、ひとめ惚れであった。お千香を何とかして幸せにしてやりたい、何ものからも守ってやりたいという想いは日々強まるばかりであった。
だが、運命の歯車は再び音を立てて回り始めていた。平穏な日々が終わりを告げようとしていた。
徳松と共に暮らすようになって半年が過ぎようとしていた。暑い夏が終わり、江戸に秋風が立つ季節になっていた。
ある早朝、徳松が仕事に出かける前のひとときであった。お千香がこしらえた心尽くしの弁当を徳松に渡した。
「いつもありがとうよ、お千香ちゃんの卵焼きは美味(うめ)えからなあ。実を言やァ、俺はガキの時分から卵焼きが大の苦手だったんだが、お千香ちゃんの弁当を食べるようになって、好物になっちまったよ」
破顔する徳松に、お千香は微笑んだ。
