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『春暁(しゅんぎょう)』

第1章 春暁

 2

 春の夜明けの暁は冬の終わりを告げるかの様に…
 ゆっくりと日々早くなり…
 白々とした霞を、ゆらゆらとたなびかせ…
 明けてくる。

「ふうぅ…」

 もう、こんな夜は、いや、迎える朝は、幾日目だろうか……
 本当は…
 心の中では分かっているんだ…
 だけど…
 この彼の温もりが、甘い残り香が…
 心を揺らがせ、迷わせてくる。

 もう…………

「ふうぅ…」
 
 もう帰ろうか…

「ん?」
 
 起き上がる目の端に、ふと、サイドテーブルの上のあるモノが…
 鈍く、光って目に入った。

「あっ…」

 それは、彼がこっそり外したであろう、見たくもない、いつも薬指にあるモノ…
 慌てて、忘れたみたい。

 さすがにそれを放っておく訳にもいかず、仕方なく、拾い…
 自らの左指にはめてみる。

「ふ、やっぱりぶかぶかね…」
 そして、そのまま、身仕度を整え、ホテルを出る。

「あっ…」

 ホテルの外はまだ寒く、白々と夜が明けようとしていた…
 すると、暁の南風に乗り、街路樹のしだれ桜の微かなにほいが漂っていた。


 そしてふと、ビルの隙間の暁の東空を見上げると…
 まるでわたしの心の様に、細く、鋭く抉れた
 朝方の…
 有明の下弦の三日月が…蒼く、薄く光り、浮かんでいた。

 カラン……

「あ……」
 
 その時…
 悪戯にはめていた、彼の忘れモノの指輪が外れ、アスファルトの地面に落ち…
 コロコロと転がっていく。

「あぁ…」
 
 でもわたしは…

「もう……いいか…………」

 そのコロコロと転がっていく指輪を…拾わなかった…

 そして、目を見切り…
 暁の空を見上げ…

「失くなっても、いいか………」

 と、独り……呟いた。

 

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